第4話

「よし、今から優希の家に行く」

「はあ?何言ってるんだよ。ダメに決まってるだろ」

「何?私に隠し事?あんたに拒否権なんて無いに決まってるでしょ」

「僕を何だと思ってるの」

「どーせ、エロ本とか、エロ本とか?」

「違うよ。今日は母さんが家にいるから」

「それだけ?」

「それだけ?って立派な理由じゃないか」

「よし決めた」

僕の家の最寄駅に着いた。足取りがおもい。ほんとに来るんだ。母さんになんて言い訳しようかと考えていると、小さい手が、赤い屋根を指さした。

「あそこ。樹さんの家だよね」

「そうだよ。うちはその反対側」

「そっか」

またこの顔だ。切ない横顔。

「お邪魔しまーす」

風花は僕より先に扉を開けて、家に入っていく。女子の声に、家の奥がドタバタと激しい物音を立て、母さんは飛び出してきた。

「あら。あら」

言葉にならない程に動揺した母さんは、口を開けたまま風花のつま足から頭の天辺を何度も泳がせていた。

「初めまして、優希くんと仲良くさせてもらってます。風花です」

「こんな可愛い子。あらまーどうしましょう。どうぞ、上がって」

「すぐ帰りますので気にしないで下さい。今日はなんというか、デートの作戦会議をしたら帰ります」

「おいおい。勝手なこと言うなって」

「え、デート。ふ、ふ。ゆっくりしてってね」

部屋に入ると疲労感がピークに達した。ベットにダイブしたい気分だったが、まだ気が抜けない。

「へー。結構片付いてるじゃん。エロ本ないの」

エロ本は僕の部屋にはないが、詮索されると制したくなる。

風花がベットに腰掛け下を覗き込んだのを制した弾みで、僕と風花の顔は吐息が肌に触れるほど近くなった。

全身の細胞が一気に活性化する。濁流のような鼓動が全身に流れ、ばくばく暴れる心臓が痛いくらいになった。

風花との距離、三センチ。

「もおー。やらしいこと考えないでよ」

と僕は蹴り飛ばされて、我に帰った。それでもまだ、身体中が熱い、耳の奥で鼓動がこだまする。胸が締め付けられる、なんだろうこの気持ち。

「飲み物何がいい?」

タイミングよく、リビングから母さんが声を張っている。

「私行ってくるね」

風花は部屋を飛び出していった。僕は全身の力が抜け、そのままのけぞった。右手で暴れる心臓を押さえる。初めての感覚に戸惑い、目を閉じてゆっくり深呼吸をした。



デートの服を選び、困った時の合言葉も作った。「恋人繋ぎにしたら、もう帰ろうの合図ね」

「恋人繋ぎ?」

「あんたそんなのも知らないの?」

「いつものはこう繋ぐでしょ。んで、恋人繋ぎは指全部を絡めて、こう」

こうやるのと僕の手をとり教えてくれた。また心臓が暴れだす。どうしちゃったんだ僕。


「ありがとうございました」

帰り際、風花は丁寧に腰を折って挨拶をした。すっかり日が落ちて、風花を駅まで送っていくことにした。

「なんか久しぶりに楽しかったよ。また、行ってもいい?優希の家」

「いいよ。いつでもきて」

たわいもない話をしていたら、あっという間に駅に着いた。

逡巡しながら改札を通る、手を振る彼女は今までと違って可愛らしくて、歪んではいなかった。屈託のない笑顔は嘘ではなく、本物なのかと思う。

彼女と一緒にいた余韻が、頭の中を花畑にする。深呼吸をして、ふと思い出した。

そうだ、これは嘘なんだ、これが終わったらまた僕は惨めになるだけじゃないか。かぶりを振って目を覚ました。

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