第2話

優希一緒に帰ろう」


あまりにも突然のことで驚き冷や汗が止まらない。驚いているからだけではない。

ただでさえ社交的ではない僕が女子と一緒にいるなんて、しかも肌が触れている、いや絡まっている。

今、僕の手には細くて冷たい指が絡み付いているんだ。

絡まる指を解こうと、力を入れてみるけれど加減がわからない。下手をしたらこの細い指が折れてしまうかも知れない。

僕には拷問のようなひとときだった。全身の細胞が凍りつきそうな体の強ばり、女子に対する免疫がないから当然だ。

校舎を出た後も拷問が続く。指を絡ませ、ときよりぶつかる肩がビリビリと僕の身体に電流を流す。


「もう、情けない、しっかりしてよ」

駅に着いた時、拷問が終わった。僕の手を大袈裟に払い除け、嫌悪感を露骨に当たり散らしてくる。

僕は数歩下がって距離をとった。

「あーもう、気持ち悪い。なんであんたと手なんか繋がなきゃいけないの」

「手を繋いできたのはそっちだろ」

「もう話しかけないでよ」

僕を罵りながら、スカートで握っていた手を拭くと、回れ右をして走り去っていった。

「何なんだ、全く」

僕は嫌悪感いっぱいのため息を吐いた。


**

「今から、大事な話をするぞ、他言無用だ」

昼休みに呼び出された時、樹くんはそういった。

彼の隣にはボブカットの小さな少女が僕を品定めするように鋭く目を光らせている。


引っかかっていた出来事とは、一ヶ月前に樹くんと手を繋ぐ少女を偶然見かけた。

すぐに気がついた。藤堂さんじゃない。別の彼女だ。手を繋いで歩いていたから、そういう関係なんだとすぐに結びついた。

「こいつと一緒にいるとこ誰かに見られたらしくて」

「ほら、噂ってあっという間に広がるだろう。今、俺、ピンチなんだ」

つまり、樹くんは藤堂さんと付き合っていながら、他にも恋人がいる。いわゆる二股ってやつだ。

そして流れた噂は真実そのもの。

「頼みがあるんだ。ゆーきにしか頼めない」

肩をしっかり抑えられ、僕は顔を背くこともできずに逃げれなかった。

「こいつと付き合ってることにしてくれないか?幼馴染の弟分のお前と付き合っているとなると、色々辻褄合わせられる」

樹くんの話を直ぐに理解できなかった。首を傾げたまま、立ち尽くしていると、樹くんの後ろから顔を出した少女が物憂げに口を開いた。

「あんた、馬鹿なの?私とあなたが恋人のフリをして噂の根源を断つの」

荷が重い、重すぎる。そもそも噂と言っても真実じゃないか。しかも恋人のフリだなんて、普通の恋愛もしたことのない僕にできるわけないだろう。


「同じ一年よ。綾瀬風花あやせふうか。風花って呼んで」

そして僕の彼女になったのだ。風花とは性に合わない。

例えば、性格。ヒステリックになるところ。すぐ感情的になって僕は、たじたじだ。どう対応したらいいのかわからない。

一番は平気な顔で嘘をつくところ。

そして地獄のような日々が続いた。カップルの定義を叩き込まれ、気に入らないことがあると「やる気あんの」と

怖い顔をして小突いてくる。

ただでさえ社交性は皆無な僕にそんなハードルの高いことできるわけがないんだ。

それでも僕と風花が恋人同士だと学校中に認知させなければならない。仲良くコミュニケーションをとる必要があった。

二人でルールを決めた。

1、一日一回は学校で手を繋ぐ。

2、昼休みは一緒に過ごす。

3、毎日一緒に下校する。

毎日怒っている風花に付き合うのは正直疲れてきた時だった。

手を繋ぐ帰り道には少し慣れた頃。

「そろそろ私たち一ヶ月ぐらいたつかな」

青く広がる空を見上げて、風花が呟いた。


「樹くんとはどうしてるの?」

「電話とか」

「それだけ?」

「うん」

風花もこんな顔するんだ。見たことのない切ない横顔。暖かく吹く風に髪が揺れ、瞳も微かに揺れていた。

「そろそろ、帰ろうか」

掛ける言葉が見つからない。気の利いた一言ぐらい言えたらかっこいいのに、僕は所詮、恋愛初心者、情けないからモテないんだ。静かに彼女を追いかけた。

正面から樹くんの姿が見え、隣には藤堂さんがいる。なんて間の悪い、こんな時に僕は独活の大木じゃないか。

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