嘘から始まる愛言葉

鈴トラ

第1話

寝癖のまま家を飛び出す僕、宮崎優希みやざきゆうきはこの春、高校に入学した。

昔から引っ込み思案でいつも幼馴染の水原樹みずはらいつきの背中に隠れて生きてきた。

樹くんは僕の二つ上の三年生。

小学生の時も、中学生になっても、脈略もなく他人に話しかけられるような社交性は持ち合わせていない僕に、樹くんは自分の交友関係から友達を紹介してくれたり、同じ部活に入ろうと誘ってくれたり、いつも僕の前を歩いてくれていた、兄のような人。

それに僕は図々しく甘えていたのだ。自分が変わらないとこのまま甘たれの情けない男になってしまう。そんなこと分かっている。分かっているけど、また樹くんを追いかけて同じ高校に入学したのだった。

初めてのクラスには中々馴染めないでいた。制服を着崩したり、髪に隠してピアスをしていたり、茶髪を靡かせ女子の肩を抱き寄せたり、僕とはタイプの違う垢抜けた同級生が集まっていた。

そんな中、読書をしている僕に話しかけてくれたのが、芦屋渓あしやけいだった。中世的な彼は誰にも好かれそうな雰囲気を纏っていて、樹くんによく似ていたせいか、仲良くなるのに時間は掛からなかった。


「あの人だよ。ほら、ほら、あの背の大きい、綺麗な人」

昼休みの学食で上の空で牛丼を突いていたら、渓が興奮して立ち上がり、少年のように瞳を輝かせた。

釣られて同じテーブルの男子が、食事そっちのけで、立ち上がり始めた。

キラキラなびく漆黒の長い黒髪、妖精を纏っているかのような虹色のオーラが漂っている彼女は三年生の藤堂真子とうどうまこ

学校中で憧れの存在だった。家は病院を経営していて、超金持ちのお嬢様。頭が良くて、運動神経も抜群。おまけに綺麗。

この人に欠点なんかないんだろう。正反対の僕には雲の上のような存在だ。

「今俺、目があったかも」

渓は神様ありがとう、というと椅子に座り込み瞑想し始めた。

「気のせいだよ。藤堂さん彼氏いるだろう」

僕は、渓の瞑想をぶっ飛ばすように、言い放った。

「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」

へなへなと僕に寄りかかって、肘で突いてくる。気にせずに僕は牛丼を平らげた。


放課後、帰り支度をしていると廊下の方から黄色い歓声が聞こえてくる。

「優希いる?」

いわゆるイケメンと呼ばれる顔立ちに、背が高く際立っている。バレー部の主将で学校中のヒーローの樹くんが僕を訪ねて教室までやってきた。

「まじ?水原先輩と知り合いなの?」

周りの生徒たちが驚愕している。お前みたいなもやしにイケメンの友人がいる筈ない。皆の顔にそう書いてあるような驚きだった。

扉にもたれて手招きをする樹くんはいつもと変わらない笑顔だった。

「幼馴染なんだ」

渓にだけそう伝えると、渓は驚くことなく、また明日と手を上げてくれた。

「じゃあ、また明日。渓」


「水臭いな、全然遊びにきてくんないじゃん、ゆーき」

僕の頭をわしゃわしゃ撫で回すと、一緒に帰ろうと誘われた。

樹くんと通学路を歩くのは入学式以来だった。何かと気にかけてくれる樹くんは、本当に兄のような存在だった。

「友達できた見たいだな?」

「うん、出来た」

「すごいな、良かった、良かった」

この笑顔はほんとずるい。昔から変わらない、屈託のない笑顔。安心感をもたらしてくれる笑顔。

「部活決めた?決めてなかったらまた一緒にバレーやろう」

樹くんはバレー部のエース。アタック決定率は全国レベルで、男子からも憧れの存在。一方、僕は背が高いだけでコートに立つ、役立たず。独活の大木とはまさにこの事。

誘われたからバレー部に入っただけ。確かに勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。でもチームの皆ほどの熱意はなく、根気とか情熱までは共有できないでいた。

話を逸らすように、僕は話題を変えた。

「樹くんの彼女、クラスの男子が綺麗だって言ってた。今日たまたま見かけたんだ」

虹色のオーラを持つ美女藤堂真子は、みんなのヒーロ水原樹の彼女なのだ。

「真子は綺麗だからな、でも意外とおっちょこちょいで可愛いんだぜ。誰にも渡さねーけど」

樹くんは藤堂さんのことが大好きなのだ。僕は一年以上前から聞いていた。ところが僕には引っかかっていることがひとつあった。

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