エピローグ、という名の今回のオチ
時刻は夕方になる少し前ぐらいだろうか。
放課後を迎えてすぐ生徒会室に向かい手伝いを始め、さらに水瀬くんが現れてから少し経っているためもう夕日が差し込んでいるかもしれない。
今日は一日快晴であることも朝のニュースの天気予報で確認している。
そうなると今屋上に上がった時の景色はどうなっているのだろうか。
屋上に上がるための階段を上がりながら私はふとそんなことを考えた。
頭に浮かぶのはある日の光景。
誰かと一緒に登った木の上の景色。
瞼の裏にまで焼き付くようなあの出来事は思い返せば、私の脳裏ですぐ再生することができた。
あの日以降、実は夕方に暇があれば外の景色を見ることが多くなった。あの光景をもう一度見ることができるかもしれないという期待からだ。
でも、その期待が応えられることは一切なかった。
景色を見渡そうとすればいつも、何かの建物、障害物、林により妨げられて、あの日の光景が再現さることはなかったのだ。
やはり街の高台であるこの学校の一番高いところという条件だけがあの景色を生み出すのだろうということがわかり、そしてわかったその時、水瀬くんがなぜここまで屋上解放に躍起になっているのかも少しだけ理解できた気がした。
そして今、その屋上への扉が目の前に現れる。
相田さんによると、既に業者の人は屋上に来ており、扉は開けっぱなしになっているので勝手に入ってもいいとのこと。
随分と不用心だと思いつつ、煩わしい手続きがないことに少し安心する。
そして全員が扉の前に立てば、自然と前に出たのは当然、水瀬くんだった。
水瀬くんは後ろの私たちに目配せをし、暗に今から扉を開けることを伝えると、私たちもそれに頷いて返事をする。
そうして私たちから背中を押された水瀬くんは、満を持して扉のノブを持ちそれを悠々と回すと、力一杯に扉を開いたのだった。
そしてーーーーー。
「わぁ! すっごーーーい!」
「これは、なかなかだな」
「えぇ本当………っ! キレイ………!」
「やれやれ。仕事のお代としては、いいぶんかな?」
屋上を開けてすぐに現れた景色に、私と水瀬くんを除く皆の感想が耳に届いてくる。
気づけば全員が屋上の中に入り込んでおり、その景色に取り込まれていた。
目に映るのは屋上を照らし出すように光を放つ夕日だった。
夕日は人の手で作り出すには容易ではない鮮やかな茜色をこれでもかとばかりに私たちに覆い被せてくる。
その色を抵抗できず被った私たちはその幻想的な空間に完全に取り込まれるばかりだった。
そうしているとふと私の隣にいた歩が何かに気づいて屋上の端まで寄ると、事故防止のフェンスの向こうに見える街の景色を見てもう一度声を上げたのだった。
「あ、わぁすごい! 街中オレンジ色になってる!」
「本当………いつも夕日でこんな風になってたなんて知らなかったわ」
「普段過ごしている空間を別の目線から見たら違って見えるというが………ここまでとは」
歩の声に合わせて、同じく街の景色を見た明日香先輩と生徒会長が感嘆の息を漏らす。
私も一緒にそちらの方へ目を向ければ、あの人同じように、夕日に照らされた街の景色が視界いっぱいに入り込んできた。
街にはあの時とは違う街の住人たちの日常の光景が映し出されており、しかしあの時と同じように向こうはこちらから覗かれていることなんて気づいておらず、また優越感にも似た感情が沸き起こる。
そして次に目線を街からその先へと向ける。そうすると先ほどからキラキラと視界に入り込んでいた光の正体がそこにあった。
「ほぉ。この学校の屋上からだとあの川まで見えるのか。それにしても、いやはや綺麗な景色になるものだね」
そうして私の視界の先の正体についての感想を、後ろで相田さんが声に出しているのが聞こえた。
相田さんの言う通り屋上から目線を水平に伸ばした先には、この街のトレードマークとも言える川が見えた。
西に没する日の光を浴びたその川は、浴びた光を街に振り分けるように波で揺れると同時に乱反射させ、キラキラとした宝石のような輝きを放つ。
「………」
目線の先の景色を見つめて思うのは、いつの日かの木の上の思い出。
思えば、あれが全ての始まりだった。あの日、魔がさしてふざけたレポートを作ったせいで教室に居残りさせられ、その後偶然窓の外を見て、偶然木の上で街を眺める彼の姿を見たから、今私はこの場に立っている。
もしあの時、その中の一つでも違っていればどうなっていただろう。
教頭の罪はいまだに発覚せず、私たちは生徒会の人たちとも知り合いにならず、そもそも彼とも今より関わりを持たずに、彼は今でも欅の木の上でこの景色を一人で見つめていたのだろうか。
そんなことを考えてしまったからか、私の目線はふとその渦中の人物へと向いた。
彼はいつの間にか私の隣に立ちながら、みんなと同じように夕日の色に染まっていく街を眺め、小さく微笑んでいた。その姿はこれまで周りを大きく振り回していた傍若無人な社長の姿ではなく、ただ目の前の景色に夢中になるただの男子生徒の姿に見えたのは私の気のせいだろうか。
そうして見つめていれば、私の視線に気づいた彼、水瀬くんはこちらに目線をやり、どうしたの、と聞いてくる。別に特に用事もなく見つめていた、と言うのはなんだかとても恥ずかしかったため、私は少し言葉に詰まりながらなんとかそれなりの理由を作り口を開いた。
「えっと、そうだ。あの並木林。結局何も聞いてませんけど、あれってなんだったんですか?」
「あぁアレか」
私は通学路沿いに植えられている林を指差しながら水瀬くんに質問すると、彼はなんてことなさそうにそれを見つめながら話し始めた。
「アレは、防災林だよ」
「防災林?」
聞きなれない単語に思わず私はオウムのように聞き返してしまう。しかし水瀬くんはそれに嫌な顔はせず、そうと首を頷いて説明を加えてくれた。
「僕も屋上のことについて調べているうちに知ったんだけどね。あの林は10年前に起きたあの災害をもとに植えられたものなんだって。ここは見ての通り川も近いから水害も多い。緊急避難場所であるこの学校に押し寄せる波を返すために植えられた林なんだよ、アレは」
「そうだったんですか………全然知らなかった」
水瀬くんの説明を聞き、驚きの声と共にその防災林を見る。
景色を遮るだけの邪魔な林だと思っていたけれど、しかしその正体は街の被害を食い止めるための機構の一つだったことに素直に感心を抱く。
「うん。僕たちの生活の中にはああして気付かないところで守ってくれたり、いざという時に危険から遠ざけてくれる存在がしっかりと根付いているんだ」
水瀬くんは防災林を見つめながら話し始める。
「きっとそれは目に見てるだけじゃ分からないもので、だから僕たちは考えなくちゃいけないんだ。そうしないと僕たちは、やりたいことの一つも出来なくなる」
水瀬くんの顔にはいつの間にか先ほどまでの微笑みがなくなっていた。
代わりにその顔には何かを決意するような、思い詰めた表情となっている。
一体何を思っているのか、そんなこと私にはわかりっこない。
結局私と彼は他人同士であり、知り合ってまだ間もないのだから。
水瀬くんの考えだって分からないし、昔何があったのかなんて想像だにつかない。
でも、そんなこと今はどうでもいい。
「何を固い顔してるんですか。やりたいことなら今1つ、達成している最中でしょう?」
彼の横顔を覗きながら、努めて微笑みを浮かべながら声をかける。
水瀬くんは私の声に反応して少し驚いた顔を浮かべながらこちらを見返してきた。
「今は思い詰めるより先に、この景色を楽しみましょう。これがあなたの見たかった景色なんでしょ?」
そうして目線を街へと戻す。
視界いっぱいの美しい景色はどんな悩みも吹き飛ばしてくれるような、雄大な光景だった。
なら今この風景を楽しまずして何がいられるだろう。
私の言葉に納得したのか、水瀬くんがうんと頷いた声が聞こえる。しかし、それに合わせて彼はもう一言言葉を続けた。
「でも、見たかったのはこれだけじゃないよ?」
そう水瀬くんが言葉にした瞬間、いつの日かと同じようにスッと小さな風が屋上に吹き私たちの視線を上空へと上げた。
そこには、あの日目に焼き付いた景色があった。
西日の煌めく茜色と東の現れいづる夜の闇。
逢魔が時の今現在、対する色が混ざり合い、私たちの上で壮麗な群青の空を生み出していたのだった。
周囲から漏れて聞こえる感嘆の声。
普段なら溌剌に声を上げる歩も、今は自然の生み出すこの芸術に目を奪われ声にならなくなっているのが見なくても分かる。
だって私がそうだから。見るのは2度目だというのに、目の前に広がるこの景色に私はまた心を奪われてしまったのだ。
時間にしてどれほど経っただろうか。
既に上空の幻想的な景色は崩れ、夜の帳が空を覆い尽くそうとしながら、私はまだ美しいものを見た後の余韻で上を見上げていた。
そしてなぜだろう。特に何も考えず、あの時と同じようにまたこの景色を見せてくれた張本人の彼、水瀬くんの方へと顔を向けたら彼はまたも既にこちらに顔を向けて笑っていたのだった。
「!? な、なんでまたこっちを見て笑ってるんですか!?」
水瀬くんの行動に驚き、若干身を引けば水瀬くんはなんでもないように答える。
「んー、良かったなぁっと思って。あの時と同じように喜んでもらえて」
「なんですかそれ。まるで私がこの景色を見る姿がもう一度見たかったみたいな言い方………」
「そうだよ?」
水瀬くんの言い分に私が冗談混じりに返せば、水瀬くんは当然とばかりに声を出した。
それに固まるのは私だ。
「………は?」
「あの日、この空を見上げる福永さんがすごく綺麗だったから。だからもう一度見てもらいたくて。その顔をもう一度見たくて。だからこうして屋上突破計画を立てたんだけど………あれ、言ってなかったっけ?」
とぼけるように、いや実際にとぼけているのだろう。水瀬くんはなんとでもないようにそう言って、あれー?と頭を掻き始めた。
その後ろでは相田さんがあちゃーと額に手を当てる姿があり、歩と生徒会の二人は遠くで屋上から見える景色をい楽しみこちらの様子に気づかないでいた。
あぁ本当に。
これまでたくさん振り回されつつ、最後はこうして綺麗な景色でスッキリ終わったと思ったのに。
彼、水瀬界人は最後までこちらを振り回してくれる。
そうして私、福永護は、突如として放たれた水瀬くんの言葉を受けて先ほどの夕焼けに当てられたかのように赤焼けた顔を覆いながら、たった一つのことだけを頭の中を支配していたのだった。
(消えて無くなってしまいたい…!!!)
かくして、私が今回味わった経験は生徒会長からもらったコーヒーのようにほろ苦くもあり。
どこか甘酸っぱさも感じる味で締めたのだった。
もしくは、これがあの日レポートに書けなかった、
「青春」というものなのかもしれない。
学生の一存 @ritarita283
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