第18話

「悪いわね、こんな仕事手伝ってもらっちゃって」


「いえ、というよりも私たちがやっている計画に生徒会の人たちを巻き込んでいる形ですので、手伝わないといけない使命感が………」


「そんなこと………まぁその通りね………」


放課後。

一般的には学校のホームルーム終了後の学生の自由な時間を指すこの言葉だが、日本の東海方面ではまた別の意味合いを示すことがあるらしい。

あれ、この説明いつかの時にやったっけ。そういえば黒歴史レポートを作った時に………うっ、いけない頭、これは想い出してはいけない過去………。

と、誰に向けてか分からない頭の中の解説にデジャブを感じ急に頭痛が痛くなりながら私、福永護はA3サイズのコピー用紙を折り畳まずに入れるくらいの段ボール箱を一つ担ぎながら、私の通う学校、郡ヶ丘高校の渡り廊下をいそいそと歩いていた。

私の前には同じように段ボール箱を担ぐ先輩、生徒会副会長にして、眉目秀麗、成績優秀、即ち文武両道の大先輩、萊田明日香先輩の姿があり、私は段ボールをせっせと運びながらその途中で明日香先輩と言葉を交わしていた。


「それに、これは重要な資料ですから。私たちが目にできるところで保管していないと安心できません」


「そうね。なにせようやく手に入れた、生徒たちの署名文、だしね」


「………はい」


明日香先輩の言葉に私は返事をする。

そう。私たちが運ぶこれは、ようやく手に入れた、念願の署名用紙なのだ。

しかも、すでに全校生徒の名前の入った効果を持つ署名用紙なのだ。


「本当によく集まったわよね、これ。正直教頭のあの事件が起きて、もう全部ダメになるかと思ってたけど」


「ハハッ………私も当時どうなることやらと思ってましたが………水瀬くんがどうにかしてくれたみたいです」


明日香先輩に問われ、私は当時のことを思い返す。

本当によくここまでやりきったものだ。

まぁ、やり方は、いかがなものだったと思うけど………。


***


人の噂とは煙のようなもので、それはひとたび立ってしまえば簡単には広がり抑えが効かないものであるのは、情報がたやすく発信される現代社会に慣れ親しんだ我々にとってはもはや常識に近しいものだろう。

そしてそれが悪い噂とするならばなおのこと。

その昔、女子高生の噂話一つで潰れた銀行が実際に存在するのだから怖いもので、それが事実無根なら本当にあった怖い話ですむが、今回広がった噂は根どころか、大樹並みに生え育った本当のことなのだから怖い話どころか、逆になんでそこまで知られているんだという、もはや世にも奇妙な物語にすげ変わるといった話である。

つまり何が言いたいかと言うと。

今回、水瀬くんが暴いた教頭の汚職事件が、事件発覚から数日を経ていつの間にか郡ヶ丘高校の生徒一帯に広まっていたのだ。

しかもその犯行方法、10年間生徒を屋上に上がらせなかった理由など、詳細も含めてである。

これに真っ先に驚いたのが学校の教職員たちである。

彼らはもちろんこの事件のことを隠すつもりはなく、時期を見て記者会見を開いて学校一同で発覚が遅れた事態を謝罪する方向にあった。

既に警察や教育委員会にも話を通しており、その意思が違うことはなかったのは明白であるはずだ。

しかしながらそれでも、時期を見て、という部分に着目してほしい。

そう、学校側は今回の事件のことについて、こんなに早く知られるつもりはなかったのだ。

そもそも今回の事件については行われた犯行が10年前ということもあり、事実関係の裏どりが非常に難儀な捜査展開となっているらしい。(水瀬くんから聞いた)

幸いにも当事者である学校、また関わりを持った建設会社が捜査に協力的であることから全貌が明らかになるのは間違いないということだが、それでも時間がかかるとのことらしい。(これも水瀬くんから聞いた)

つまり、それまでの間私たち生徒や世間には今回の事件は秘密になるということだった。

私や水瀬くんにも木下先生からこの件については口外しないように言われた。これは単純に記者会見を開くまでの間に情報が漏れるのを防ぐためというだけでなく、私たちがもし事件に関わっていたと言うことが知られれば、マスコミが駆けつけて世間の晒し者になる可能性があるためだからと知らされた。それを聞いたら流石においそれと話そうとも思わず、私としても、いずれ学校から発表されるのなら別にそれでもいいじゃないかと思わないでもなかったので、先生には了承の返事をしたのだった。が、同じく了承の返事をしたはずの水瀬くんがその際に、不自然なほど張り付けたような笑みを浮かべていたのを私は見逃さなかった。

そして、木下先生とのその会話の後日、ありえないほど早くこの事件のことが学校に蔓延していたのだった。

これには生徒も教職員もパニックである。

生徒はなぜか事件の概要を詳細まで知っており、その真偽を先生に尋ね、教職員はなんで生徒がそこまでの情報を知っているのか驚き、真偽のほどははぐらかしつつその情報の出どころを尋ねるという、学校全体が疑問の暴風地帯となったのだった。

そしてこの騒動に対して黙っていなかったのが生徒の保護者たちである。

生徒たちの噂話を聞かされた保護者たちは驚愕ののち、学校側に対して抗議と説明要求の電凸を示し会わずに決行。これにより郡ヶ丘高校の職員室は一時、TVで驚愕値下げの通信販売をした後のコールセンター並みに電話音が鳴り響いたとのことだ。凄まじいな。

ちなみにこの噂に関しては私もクラスメイトから話されたので出どころを聞いてみたが、風の噂に実態などあるわけもなく、友達から聞いたというよくある定型文が返ってくるだけだった。

………まぁ発生源については、絶対にコイツからだろうなという絶対的な確信を持っていたので特に疑問に思うこともなかったですけど。

余談だが噂が流れ始めた直後、ホームルームをする時の木下先生の水瀬くんを見る目が親を殺された子が犯人を見る目のようだった。ヤバイですね! いやホントに。

話を戻し、生徒だけでなく保護者にも事態が噂で流れた以上、学校側としては早急に対処を始めないといけなくなった。その時にはすでにネット上でも話題になりかけておりメディアが嗅ぎつけるのも時間の問題だったことも理由の一つだろう。学校側はすぐに記者会見の準備を行い、噂の蔓延から1週間ほどで事態の説明が行われたのだった。

さて、ではこれにて事態は一件落着かといえば、こんなものは動乱の序の口であるということだけ言っておこう。


記者会見を行った学校側は一応の説明責任を果たし、直後のバッシングを覚悟しつつ、教頭への懲戒と訴訟処理、保護者への説明会などなど、残す処理項目にてんやわんやと忙殺される中、さらなる厄介の種が現れる。

なんと、記者会見を行う直前、とあるSNS上に今回の郡ヶ丘高校の一件を仔細に書き連ねた匿名のアカウントが登場したのだった。

これには事件を注目していた生徒、保護者、マスコミ、そして学校側は驚愕。

さらにそのアカウントは事件の概要を書き連ねた後、なんと「学校の屋上を生徒の手で取り戻そう!」、と焚き付けるような文面を投稿しており、それに合わせてネットで署名ができるサイトのURLを貼り付けていたのだった。

あまりにもタイミングの良すぎる手際に学校側と保護者は困惑。マスコミは良いネタを見つけたと囃し立て、そして残る焚き付けられた生徒たちはというと、その焚き付けで簡単に燃え広がったのである。

アカウントに影響を受けた一部の生徒は学校側の不手際を糾弾し、この投稿に署名。さらに自分達でも署名活動を行いたいと学校側に話を通していった。

そのほかの特に関心もなかった生徒たちも、屋上が使用できるようになるならと積極的に署名に参加していき、生徒たちの活動は大きくエスカレートしていたのだった。

………ちなみにこの時の私たち屋上突破計画隊は密かに他の生徒が始めた署名活動に参加しており、生徒の活動を取材していたマスコミのTVに見事にすっぱ抜かれ、朝のワイドショーのVTRで使用されたことだけ伝えておこう。

さらに余談だが、この時すっぱ抜かれた歩は「署名活動に参加していた笑顔の可愛い女の子」ということで少しだけ注目され、以降彼女のSNSや動画配信サービスのチャンネル登録者数を伸ばしたらしい。良かったね。

はてさて、そんなこんなで異常に盛り上がってしまった屋上突破計画。完全に私たちの手を離れて燃え広がった事態だが、これを裏で操作しているアイツが鎮火活動にまで手を回していないわけがなく、ここで彼奴は意外な人たちを引き込む、もとい巻き込んだのだった。

そう、生徒会である。

学生自治をモットーに活動する生徒会はエスカレートしていくこの事態を重く受け止め、活動の主体を引き継ぐことを要求。学校も生徒会が主体となるのならばうまく沈静化してくれるだろうと考えたのかこれを受諾し、屋上突破計画の実権は生徒会に委ねられたのだった。

しかしなんと恐ろしいことに、生徒会は騒動になる以前から既に屋上突破計画隊の裏の首領と話が通じていたのである。これにより騒動の沈静化と同時に、計画の主権とこれまでずっと求め続けていた署名用紙はその裏の首領、水瀬界人の手に渡ったのだった。


「………本当にエゲツないですよね」


「………えぇホントに。結局私たち巻き込んでんじゃないのアイツ」


以上、水瀬くんが歩の企画を呑んだあの日からここ1ヶ月の間に起きたこと一覧である。

まぁこれ以外にも他所で水瀬くんに巻き込まれた事件や、水瀬くんと一緒に巻き込まれた事件など色々とあるのだが、それは置いといて。

今回主体としておこなっていた屋上突破計画の全容はこんな感じである。

ちなみにこの騒動に関して水瀬くんに何度も尋ねているが、彼はこれまで頑なに関与を否定している。

しかし準備の手際と事件の詳細を知っている限られた人物の犯行であるのが確実であることを考えれば、まず絶対に主犯は彼しかおらず、騒動以降、教職員の多くが水瀬くんを見かけるとギロッと睨むと言う姿を見かけられているらしい。不憫だ。無論、職員の方々が。

そんなこんなで私は現在、有志の生徒たちによって集められた署名用紙を活動の主体となる生徒会室に運び込んでいる最中だった。

一応私は生徒会のメンバーではないため表立って屋上突破計画に関することに関わることはできないのだが、こうして簡単な手伝えることは隠れながらも率先して行うようにしている。

完全に巻き込む形にさせてしまった生徒会への微かながらの謝礼の気持ちではあるが、我ながらレートが合ってないのを感じる。

これはもはや生徒会に入って雑用をし続けるしか、と少し思ったが家のこともあるのですぐに断念。これからも手伝えることを手伝っていこうと心の中で決意した。


「そういえば、福永さんはその後大丈夫? 事件の渦中にいたことバレたりしてない?」


「あ、はい。それは今のところ大丈夫です。ただ、母親はかなりカンカンでしたけど………」


明日香先輩の問いかけに私は考え事をしていた頭を切り替えて返事をすると、先輩は私の答えに思わず苦笑いを浮かべたのだった。


「そりゃそうよね。教頭がまさか生徒に手を出そうとするなんて。いやホントに、申し訳ないわ………」


明日香先輩はそう言い、最初はタハハと小さく笑い声を上げるも、次第に声の調子を落とし、最後は私の方へと向き直って落ち込んだ様子で私に謝った。

いきなり様子を変えた明日香先輩に私は慌てて声をかける。


「いやいやなんで明日香先輩が謝るんですか!? 私の方こそお礼を言わないといけない立場なんですよ! 顔を上げてください!」


「いやだってこうなると分かっていたら絶対送り出さなかったのに………完全に私の見立ての怠りだったわ………私が背中を押してしまったばかりに福永さんに怖い思いをさせてしまって………」


そう言ってさらに明日香先輩は私に向けて頭を深々と下げる。

そんな明日香先輩の様子に私はあたふたしながらとりあえず頭を上げるように言いつづけた。

明日香先輩の話す一件、それは教頭が私を応接室内で私を襲おうとしたことである。

これについては、先ほど上げた騒動とは完全に切り離された別件の事件として扱われている。

というのも横領をおこなった教頭がさらに校内で生徒に手を出そうとした、となれば騒動はさらに大きく広がるのは目に見えていたためだ。

そしてそれを一緒に発表してしまえば、学校の生徒およびマスコミはその被害生徒を探そうとするのが予見され、事件当日の動きから被害生徒が私であると特定される恐れがある。

それを見越してか、先日の記者会見では大きく横領のことを取り上げられ、教頭の私への暴行未遂に関しては「その他別件での事件の容疑がかけられている」という形でのみ発表され、後日騒動が落ち着いた折に別の形で発表するとい動きになるらしい。

これについては、すでに学校側から校長ならびに教育委員会などのお偉い役職の方々が私の家にまで訪ねて、謝罪から始まった上で説明をなされている。

いわく、「この一件を無かったことにするつもりはないが、事態の早急な対処と生徒の身を守るために了承いただきたい」という旨だったが、これに怒ったのが私のお母さんである。

いわく、「大事な娘を傷物にされるところだったなんて、あり得ない!」と、剥き出しの感情を訪れた人たちへぶつけまくっていたお母さんだったが、その姿が娘なれど今まで見たことのなかった母親の姿であり、その姿に横で圧倒されながらも私のために怒ってくれているその様子に、子供として嬉しい気持ちが生まれたのは確かだった。

そうしながらも結局はお母さんも最後は学校側の要求を了承。校長たちにこんなことがもう無いように、と釘を刺しつつ帰しながら、その後に私にもまた「一人で危ないことをするな!」と怒ってくれて、この一件は収まりを見せたはずだったのだが。

目の前の明日香先輩はそう思っていないようで。私の声を聞きながらも先輩はなお、その頭を上げることはなかった。


「本当、私ってなんでこうなのかしら………良かれと思いながらもちゃんと考えて行動してるのにどこかで詰めが甘くって………こんなの兄さんや界人なら絶対に予見できたはずなのに………はぁもう生まれ変わって物言わぬ貝になりたい………」


「明日香先輩!? 立ち直ってください! それに先輩は貝より真珠の方が似合っています!」


「言葉を喋らないなら真珠でもいいわ………」


「あっ!? いやそういう意味ではなくー!? とりあえずいつもの明日香先輩に戻ってくださーい!」


もはや気持ちが意気消沈のどん底に落ちてしまったのだろう。明日香先輩は段ボールを床に置いて廊下に手を着きながらネガティブ思考の淵へと落ちてしまったのだった。

そんな今まで見なかった先輩の姿に、どこか新鮮味を感じつつ私は廊下のど真ん中でなお落ち込み続ける明日香先輩に声をかけ続けたのであった。

すみません明日香先輩………心療内科はさすがに、覚えはありませんでした………。

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