幕間
「護っ…!」
福永護が生徒会室を出て行ったその後。
残った加納歩はすぐにそのあとを追いかけようと生徒会室を出ようとしたため、私はその腕を掴み止める。
「離してください! 護を追いかけないと!」
「追いかけて、どうするの?」
私に腕を離すように言って睨みかけてくる彼女に、特段感情も交えずにただの疑問として言葉をかける。
そうすると彼女は少し言葉を詰ませながら、しかしこちらをちゃんと見据えながら言葉を返す。へぇ、なかなか肝が据わっているわね。
「は、話し合います! さっきのことどういう意味なのかきちんと説明してもらって…!」
「はぁ………つまり福永さんの言ったことを貴女はよく理解できなかったと?」
呆れるように私が問いかけると、加納さんは図星を突かれてうぐぅと声を漏らす。
そんな彼女の言動に私は呆れたように一つため息を漏らし、あのねぇと言葉を続ける。
「今の様子見ていて気づいたでしょ? 福永さんはすごく悩んでる。あんな様子の彼女を追いかけて貴女ができることが何があるっていうの?」
「それは、悩みを聞いてあげるとか!」
「さっきの福永さんの言った意味も理解できていないのに?」
「………!」
それだけ言えば、加納さんは言い返すこともせず腕の力が抜けたことに気づく。
もう福永さんを追いかけることはしないだろうと、掴んだ腕を離すと、そのまま加納さんの腕はぶらんと落ちる。
加納さんは先ほどの福永さんのように顔を俯かせると、泣き声を混じあわせた声でこちらに話しかける。
「やっぱり私、ダメなのかなぁ………」
一体なんの話やら加納さんはつぶやくような小さな声から発せられる言葉に、しかし私は聞き逃さないように耳を傾ける。
彼女たちに協力できない私たちができることは彼女たちの話を聞いてあげることだけだから。
「昔からずっと誰かに任せっきりで、自分では何もできなくて、怯えてばっかりで。だから屋上に上がろうと頑張る水瀬くん見てたらすごいなぁって思って、私もあんなふうになりたいなぁって思ってたのに………友達の悩みも理解できない私じゃ、やっぱりダメなのかなぁ………」
そう言い終えると、加納さんの目からついに涙がこぼれ落ちてくる。
それを聞き、気づく。
正直、界人や福永さんに比べ、加納さんはこの屋上突破計画に向いていないのではないかと思っていた。
それでも、彼女は彼女なりにこの計画に対して、それに勤しむ界人に対して強く思うところがあったようだ。
だからこうして、自分の不甲斐なさに対して泣けるのだ、と。
そんな彼女の思いに少し見直しながら、私は仕方なく止まることを知らない涙を拭うこともせずに悔しそうに泣き続ける加納さんに近寄り、ポケットから出したハンカチで涙を拭ってあげる。
「ほら、化粧崩れちゃうわよ。本当にしょうがないわね」
「ふぐっ、明日香先輩ぃぃ、すみません〜………」
私がハンカチで拭っている間も泣き続ける加納さん。
どうしようか私も手を動かしながら考えていれば、これまで口を開かなかった兄さんがいつの間にかこちらに近づいており、加納さんの頭に手を置いて話しかけた。
「加納さんは偉いな。あの界人を見て、凄いところを見抜いて、目標にできるなんて。ほとんどの人は界人を見ても変人としか思わないだろうに、すごい観察眼の持ち主だ」
「ふえ?」
兄さんの言葉に顔を上げる加納さん。
そんな加納さんに兄さんはさらに言葉をかけてあげる。
「だからこそ界人も、君と福永さんをこの計画に加えてあげたんだろうな。でもな加納さん、目標としてる界人の背中を見てそれに頼っているばかりじゃ、君は何も成長できないんじゃないか?」
「それは………」
兄さんの言葉にたじろぐ加納さん。兄さんはさらに言葉を続ける。
「福永さんはきっとそれが嫌だったんじゃないか? というより、倒れるほど自分だけで動いて自分達に何も相談しなかった界人に対して怒ってるというべきか、アイツの秘密主義に腹立ってるというべきか、まぁ思うところは一緒だ。界人に全部頼るということを善しとしなかったんだろうな、彼女は」
兄さんはそう言うと加納さんに包み込むように優しい笑顔を向ける。
正直そこまで言ってあげるのは甘やかしすぎではとも思ったが、私が責めるだけ責めて深く落ち込んでいる加納さんにはこれぐらいの助言は必要なのかもしれない。まぁ兄さんが優しすぎるきらいがあるのも否めないが。
そしてそんな兄さんのありがたい助言を受けた加納さんはというと、ようやく現状を理解してその顔を泣き顔から、気づきを得た表情へと変える。
「わ、私そんな全部を水瀬くんに頼りっぱなしで、そんなこと考えてなくて。私、護に謝らなくちゃ………!」
状況を理解した加納さんは顔を青ざめさせると、もう一度福永さんを追うために生徒会室のドアへと踵を返す。
そして私はもう一度彼女の腕を掴んでそれを止める。
「っ! なんで、離してください!」
私の行動に今度は怒りの感情を込めて言葉を向ける加納さん。
表情豊かな彼女にいっそ驚きすら覚える私だが、しかしもう一度呆れた視線を向けて言葉を返す。
「やめなさい。今追いかけたところでなんの解決にもならないわ。だって福永さんが出ていったのは、貴女に呆れたからじゃなくて、貴女に価値観を押し付けた自分自身に呆れたからなんだから。今追いかけて貴女が何を謝ったところで、彼女の罪悪感を膨らませるだけよ」
私の言ったことはあくまで福永さんの様子を見ての勝手な想像ではあるが、おそらく外れてはいないだろう。
このまま加納さんを福永さんの元まで行かせてもきっとお互い謝ってばかりで、お互いの罪悪感を膨らませたまま状況は解決まで導けはできない。
そもそも私たちが介入したところでどうしたらいいか分からないこの状況に、普通の女子高生である彼女たちで出来ることなど全くないと言っていいのだ。
ゆえに結局は最初に私たちが言った通り、界人がまた現れるまで待つしか現状の打開策はない。
それまでに私たちがやることは一つ。彼女たちのメンタルケアだけだ。
………考えれば考えるほど彼女たちが落ち込んでるのって界人のせいでしかないのよね。
やっぱりアイツどうしようもない奴だわ、と今度会った時に蹴ることを予定していると、私の言葉に加納さんが言い返してくる。
「でも、このまま何もしないなんて…!」
加納さんの表情は必死だ。それだけ友達のことが心配でたまらないのだろう。
そんな彼女たちの友情に少し羨ましさを覚えながら、私は小さく笑みをこぼす。
「何もするなとは言ってないでしょ?」
「え?」
私の言葉が予想外だったのだろう。加納さんは呆けた表情を私に向ける。
それに対して声を上げたのは兄さんの方だった。
「考えよう。今のこの状況を少しでも好転させる策を。それで界人と福永さんに見せてあげるんだ。自分でこんなことを考えたんだと。君たちに任せてばかりの自分じゃないんだというところを」
兄さんはそう言って私と同じように優しい笑みを加納さんに向ける。
正直これが正解の行動かどうかは知らない。
加納さんの手でこの状況を解決できる手を考えられるかどうかも分からない。
でもそうすることで、考えたという事実は残る。
それが加納さんに代え難い経験を与えるかもしれない。
それを見た福永さんへ何か感銘を与えるかもしれない。
そんな「かもしれない」の重要性を加納さんへ伝える。
「でもそんなの、私一人じゃ………」
加納さんは私たちの言葉に戸惑う仕草を見せる。
それはそうだ。こういった企画の立案には多くの人生経験が必要なのだ。女子高生一人で考えつくことなどたかが知れている。
でもそれを覆す手段など世界には数多く存在する。
「何言ってるの?」
加納さんの戸惑いの声に私が反論する。そうして彼女の腕を離して自分の腰に手を据えて胸を張る。
自分達の存在、生徒会の力を見せつけるように。
「貴女が今いる場所がどこだか分かってる? 生徒会は生徒の相談に乗ってあげる、生徒のための自治組織なのよ?」
私の言葉になお加納さんは変わらず戸惑う表情を見せる。
全くにぶい後輩だと嘆息しつつ、私はその後に言葉を続ける。
「助言なんてできないけど、一緒に考えてあげるぐらいはできるわ。さぁ。貴女の相談ごとを教えて?」
「………ありがとうございます!」
ようやく私の言いたいことが理解した加納さんは私たちへと笑顔を見せてお礼を言う。
手間のかかる後輩だと呆れつつ、私と兄さんは笑顔でそれに応える。
そうよ。何事も、数に勝るものはない。
一人では考えつかないことも三人だったら気づくことだってある。三人そろえば文殊の知恵という言葉があるほどだ。
そうして私たちは一緒に屋上突破計画に関して現状の打開策を相談し合う。
問題は山積み。福永さんのことも気になるし、教頭の強行的な反対にも謎が多い。
そしてこれにどう界人が対処するのか。気になることを頭の片隅に置きながら、私たち生徒会はひとまず、目の前の悩める生徒の相談に向き合うことにするのだった。
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