第8話

「じゃあ今日は、それぞれの発表からしていきたいと思います!」


以前の生徒会室での会議から1週間が経ったある日の昼休み。

私、福永護とその友人加納歩は、屋上になんとしても上がろうとする奇人、水瀬界人くんに連れられてまたも生徒会室に赴いていたのだった。(もちろんお弁当箱持参にて)

そしてその生徒会室の主人である生徒会長とその妹である副会長、萊田雄斗さんと萊田明日香さんは私たちが連れられるのがわかっていたかのようにドアが開いたその時に歓迎用のお茶と椅子を用意してくれていたのだった。


そしてお昼ご飯を食べ始めて間もなく、水瀬くんから先ほどの言葉が告げられたのだった。


「…発表とは、なんのことですか?」


「やだなぁ福永さん、皆まで言わなきゃ分からない?」


「…えぇ。水瀬くんが今ヤバいくらいウザいこと以外は特に分からないですね」


「福永さん!?」


私が水瀬くんの言葉に質問を投げれば、なぜか煽られたので煽り返すと水瀬くんがまたも面白い顔で反応する。

いや今のは自業自得だろう、と思い周りを見れば皆も同意見のようで大きく頷いてくれていた。よし許された。

そうして水瀬くん遊びを挟みつつもちゃんと説明するように水瀬くんに求めれば、彼は面白い顔を戻して私たちに話をしてくれる。


「この前の屋上使用の件についてだよ。この前の部活集会で生徒会から説明と要望の確認を行ってくれたでしょ? それの報告をしていただこうと思いまして! あと僕の方からも先生との打ち合わせについての報告もするよ!」


「だからなんで知ってるのよアンタ…」


水瀬くんの発言に頭を抱えるのは明日香先輩。なんでそんなことをしているのか聞けば、明日香先輩は気だるげに答えてくれる。


「部活集会の日程はふつう部長と顧問しか知らないはずなの。アイツどこからその情報を仕入れたのよ…」


「あぁそれは確かに…頭を抱えますね…」


普通の生徒が知り得ない情報をなぜか普通の生徒である水瀬くんが知っているなど、ものによれば恐ろしい過失につながることになるだろう。問題になればどこで漏れたのかの責任追求にもなりかねない。そうすれば生徒会室に入り浸っていることからもしかしたら生徒会に被害が及ぶ可能性もあることから、明日香先輩が頭を抱えるのもやむなしだろう。

そんな明日香先輩の様子を気にもかけず、水瀬くんはといえば生徒会長の方に顔を向けて説明開示の要求を行う。


「それじゃあ雄斗、この前の部活集会、他の部活の反応はどうだったの?」


「あぁ、反応自体は悪くなかった。使えることなら使いたいという意見も多く、音楽系の部活なんかは特に同意する意見が多数だったな。ただ…」


「ただ?」


水瀬くんの振りに生徒会長は頷きながら情報の報告を行なっていく。

途中までは順調な内容の報告であったが、しかし生徒会長は後になっていくにつれて表情を顰めはじめる。

その様子を不審に感じた水瀬くんは生徒会長の話の先を勧めると、生徒会長は不思議なことを口にしたのだった。


「同席していた部活の顧問たちの反応が芳しくなかった。聞けば、教頭の指示もなくそれについては進められない、と」


「教頭先生? なんでそこで教頭先生が出てくるんですか?」


生徒会長の話にいきなり出てきた教頭先生という単語を疑問に感じた私は思わず口に出して質問してしまう。

だが口に出した後、失礼なことをしてしまったかと手を口に当てるが、生徒会長は特に気にしておらず優しく笑顔で返しながら私の質問に答えてくれた。


「同席していた顧問たちに聞くところによれば、まず『屋上に上がってはいけない規則』を作ったのが教頭らしく、そこの許可がないと屋上での出入りは誰であろうと制限されている、とのことらしい」


「へー、あの校則は教頭先生が作ったんですねー」


「あぁ。理由についても以前に推測した通り、当時の大災害で学校を補修工事した際に合わせて、事故防止のために屋上を出入り禁止にしたそうだ」


生徒会長の情報に歩が相槌を打ちつつ、生徒会長はさらに新しい情報を教えてくれる。

聞けばこの一件については教頭先生がかなり深く関わっているらしく、そこをなんとかすることこそが今回の計画の要になりそうと考えられる。

私が生徒会長の情報を頭の中で反芻しつつ今後の動き方について考えていれば、同じことを考えていたのだろう明日香先輩が水瀬くんへと声をかけた。


「そうなってくると、どうするの? 屋上を使わせてもらいに教頭を説得しに行く?」


「………そうだね。一度そこで話を通さないと、拗れそうな気がするね」


質問する明日香先輩に顎に手を添えて考え込む姿勢を取りながら答える水瀬くん。

しかし彼のその様子に、私はいつもと違い集中力が欠如した感覚を覚えてしまい、彼に声をかけた。

思えば先ほどのウザ絡みから分かるように実は朝から水瀬くんはかなりハイテンションだった。

それが今はなりを潜めてテンションを非常に落としている。どこかで思い浮かぶ節のある容体に一体どうしたのか、注意して水瀬くんを見つめ私は声をかける。


「水瀬くん、どうしたんですか? 少し顔色が悪そうですけど」


「…そんなことないよ。僕はいつも通り元気で………」


水瀬くんが答えようとしたその時。

彼の口から言葉が全部放たれる前に、彼の足が突如として崩れ始めたのだった。支えを失った彼の体は重力に従って地面へと落ちていき、そのままでは倒れてしまう状態となってしまう。

急な出来事に私を含め歩も驚愕の表情でそれを見ることしかできなかった。このままでは水瀬くんの体が地面に激突してしまう。そんな恐怖が場を支配する中、しかしそうなる直前、彼の体はある人の腕によって支えられて地面に衝突する事態を避けたのだった。


「ったく、コイツまた無理したわね」


「明日香先輩………!」


急に倒れた水瀬くんを支えた人物、明日香先輩は彼の体をゆっくりと起こしながら、目を閉じる水瀬くんに向かって不満そうに言葉を呟いた。

そんな明日香先輩をすごいとでも言うように見つめる歩をよそに、私は明日香先輩の腕の中で意識を失っている水瀬くんにすぐに近づいてその様子を診る。


(意識はない。でも呼吸が荒いでいる様子もない………)


「すみません明日香先輩いったん水瀬くんの体をどこかに寝かしてもいいでしょうか」


「? えぇいいけど」


水瀬くんの容体を観察しつつ、彼の体を支えている明日香先輩に体を動かすように伝える。

そうすれば生徒会長が支える役を代わり、水瀬くんの体を備え付けのソファーにいったん寝かしてくれた。

そうすれば私は次に歩へと声をかける。


「ごめん歩、保健室の先生呼んできてくれる?」


「えっ、あっうん! 分かった!」


私の言葉に歩は一瞬戸惑いつつも、すぐに理解して生徒会室を出て保健室へと向かっていった。

そうしている中で私は未だ意識の戻らない水瀬くんの額に手を添えて、さらにもう片方の手で彼の手の脈を取る。


(熱はないし、脈も乱れている様子もない。これはもしかして)


彼の容体に対して、もしかしてと思い今度は水瀬くんの顔を見ると、その目元が化粧か何かで隠している形跡が見えた。

不審に思い彼の顔に触れて目元の化粧を落とすと、そこには紛れもない彼が倒れた原因を示す証拠が現れたのだった。


「水瀬くん貴方、寝てないですね?」


化粧で隠された目の下のクマを、私は呆れた目で見ながら未だ意識が戻らない、もとい熟睡する水瀬くんにため息まじりでそれを問うと、眠る水瀬くんの代わりに生徒会の二人が大きいため息でそれに返事したのだった。


***


水瀬くんが倒れてから少し経ったその後のこと。

歩が連れてきてくれた保健室の先生が水瀬くんの容体を診て、そのまま彼は生徒会長に担がれて保健室へと向かっていった。

そして生徒会室では単なる寝不足であることが分かり、安心した空気が流れつつ、しかし水瀬くんの様子が心配だった私と歩、明日香先輩はお昼を早々に切り上げつつ、皆で保健室に向かい水瀬くんをお見舞いしに行ったのだった。


「それにしても福永さん、さっきは凄かったわね」


「えっ? 何がですか?」


保健室に向かう途中、明日香先輩が唐突に私の方を向いて褒めはじめる。

いきなりのことに私はスットンきょんな声をあげるが、明日香先輩に続いて歩もまた私にお褒めの言葉を上げはじめた。


「そうだよ護! 倒れた水瀬くんにすかさず近づいて様子を見てるところとか、凄かったよ!」


「えぇ。それに周りの人を使って並行作業させるのも、救命行為として中々最善だったわよ」


「あぁいえ、そんな大層に言われることじゃないので…」


急に褒めはじめる二人に私は恥ずかしくなり、目線を外しつつ、紅潮した頬を指でかく。


「そういえば護の家って診療所だもんね! そういったことに慣れてるの?」


「へぇ、福永さんのお家、何かの医院さんなの?」


「………えぇまぁ。町医者をやってますね。ただ私はまだ手伝えるほどの者ではないので」


歩から話される私の身の上話に興味深そうに明日香先輩が質問を添える。

それに対して私は少し目を伏せそうになるのを我慢しながら、当たり障りのないように質問に答えた。


「護凄いですよね! もしかしたら将来お医者さんになるかもしれないんですよ! すっごいエリート!」


「えぇそうね。私も今のうちにかかりつけのお医者としてお願いしておこうかしら?」


歩と明日香先輩は未だ私の身の上について話を続ける。

何を勝手に、と思わないでもないが、変に口を挟んで輪を乱すのは本意ではない。

とりあえず謙遜の意のみを示し話の切り上げを目指す。


「明日香先輩のかかりつけになれるだなんて、私にはもったいないですよ」


「…そうかしら? でも福永さんの今日の行動が迅速で正しかったのは本当よ。そこは自分でも誇りに思っても構わないんじゃない?」


「…はい、ありがとうございます」


そうした会話を挟みつつようやく話は終わり、私たちは保健室へとたどり着いた。

保健室の戸を開ければ奥の方でベッドの側にいる生徒会長と保健室の先生の姿を見つける。

そこに目星をつけ私たちは近づいていけば、予想通りベッドには健やかに眠る水瀬くんの姿があった。


「ん? なんだ来てたのか」


生徒会長が近づいた私たちに気づき、保健室内なので抑えた声をこちらに掛けてくださる。

それに対して明日香先輩が少し鼻を鳴らし、ベッドで眠る水瀬くんを嘲るように返す。


「えぇ、自己管理の出来ていないへなちょこの阿呆面を拝みにきてやったわよ」


「…まぁ言い方は悪いが、今回ばかりはその通りだな。寝不足で倒れるコイツが悪い」


明日香先輩の嘲笑に苦笑いを浮かばせる生徒会長だったが、明日香先輩の言ってることに同意を示しつつ、仕方なさそうな顔をまた眠る水瀬くんへと向けた。

私はというと、生徒会長と同じくベッドの側にいた保健室の先生に水瀬くんの容体について尋ねる。


「先生、水瀬くんの容体はいかがですか?」


「えぇ。貴方の見立て通り、ただの寝不足で間違いないわ。きちんと睡眠をとって、ご飯を食べれば大丈夫でしょう」


「良かったー………」


先生の話に私の隣で歩が安堵の息を吐き胸を撫で下ろす。

そうして先生はそんな歩の様子に微笑みながら、何かを思いついたように小さく声を上げた。


「彼、今日はもう授業は無理そうだから保護者の方を呼びたいんだけど…連絡先どうしようかしら?」


「あぁそれならすでに俺の方で呼んでいますので問題ないです」


「あらそう。助かるわ。それで申し訳ないんだけど、私用事があって一旦職員室に戻らない

といけないの。昼休みの間だけでいいから誰か彼の様子を見ていてくれるかしら?」


突然伝えられた先生からの頼みに私たちは一瞬逡巡しつつ、しかし私はさほど時間をかけず手を挙げて立候補する。


「それなら私が。私なら何かあればすぐに気づける可能性がありますので…」


「そうね。貴方なら安心できるわ。頼んでいい?」


「分かりました」


そうして私は先生に正式に水瀬くんの看病をお願いされる。

しかしそれに続き立候補するものが現れた。歩である。


「はいはい!なら私も護と一緒に残ります! 私も心配だもん!」


歩は元気よく手をあげてせがむようにそう言うと、先生は首肯しながらも、歩に声を抑えるように嗜めたのだった。

そうして先生は職員室へと行き、生徒会のお二人はというと、水瀬くんの帰り支度を水瀬くんの代わりにするために教室へと向かっていったのだった。

そうして保健室にいるのはベッドで寝ている水瀬くんを除けば私と歩の二人だけとなり、二人で近くの椅子を引っ張り出して座りながら待っていると、自然と話は屋上の件へと流れた。


「………水瀬くん、屋上のことについてたくさん調べて、それで寝れる時間取れなかったのかな………」


「そうだね。この人そういう加減っていうの知らなそうだし、一度のめり込んだら寝る間も惜しんでそうなのは確かだね」


歩の言葉に私は呆れた声でそう答える。

思い出せば以前も調べすぎて寝不足気味だと言っていたことがあった気がする。もしかしてあの時からずっと調べ物をしていたのだろうか。そう思うとあまりにも杜撰な体調管理にため息が自然と溢れる。

しかしこうして倒れてしまうまでのめり込むとは、一体何をそこまで調べ上げたというのだろうか。

屋上の一件については先週の生徒会室での話し合い以降、生徒会の人たちからの報告がない限り動きを取れなかったはずなのに。

もしかして彼なりに何か思い当たる点でもあったのだろうか。

水瀬くんについて少し疑問を持ったその時、隣で啜り泣く声が聞こえ始め、私は驚いてその方向へ顔を向けると、涙目になっている歩の姿を視界に入った。


「ちょ、ちょっと歩。いきなりどうしたの?」


「だって水瀬くん、私が頼りないから自分で全部やってそれで倒れちゃったのかなって、そう思ったらなんだか情けなくなっちゃってぇ」


歩は泣き声でそう言う。

まさか歩がこんな思いつめるとは思わず私は思わず、少したじろぎながら、しかし私は歩の肩を掴みながら励ますことに決めた。


「泣かないで歩。そんなことないから。水瀬くんは私たちのこと頼りなく思ってないし、今回彼が倒れたのは歩のせいじゃないよ」


「ほ、本当ぅ………?」


本格的に泣き始める前兆を見せながら私に問う歩。

私はそんな歩の言葉に大きく頷いて励ます。


「そうだよ。水瀬くん歩と話してて凄い楽しそうだったから。きっと歩が水瀬くんの話をしっかり聞いてくれたからだよ。水瀬くんが倒れたのは自己管理ができてなかったからってだけ。歩のせいだなんてこと、絶対ないからね」


「う、うん。ありがとう護ぅ………」


「ほら、顔拭いてきなよ。化粧が崩れて大変なことになってるよ」


「分かったぁ、行ってくるぅ………」


歩はそう言うとベッドのそばを離れて保健室から出ていった。

歩の様子に大丈夫かとも思いつつ、しかし水瀬くんのそばから離れるわけにもいかないため、私は再び彼の容体を確かめるべく顔を覗く。


「まったく、周りの人の気も知らないで呑気な顔で寝てますね」


水瀬くんは静かに寝息を立てながら穏やかな様子を保っている。

きっとこの様子なら先生の言う通り問題はないだろう。

しかしそれでも、彼に思うところはたくさんある。


「自分一人でなんでもやって、抱え込んで、やっぱり、本当に私たちのことが頼りないんですか?」


寝ている水瀬くんを見ながら私はふとそんなことを口走る。

おかしなものだ。こんなこと、今言うことでもないのに。

きっとさっきの歩の言葉に何か影響されてしまったのだろう。

返ってくるはずもない質問が保健室の中で響き、やがて消えてなくなりそうになったその時、その返事が私の後ろから返って来たのだった。


「いや? 少なくとも彼は君たちのことを非常に頼りにしていたみたいだよ」


「うやぁぁ!!!」


背後から突然かけられた言葉に私は当然のごとく驚き、生娘にあるまじきとんでもない悲鳴をあげてしまった。

一体誰だと思い振り向くと、そこにはパンツスタイルのスーツをビシッという擬音が聞こえてくるかのように格好良く着こなし、赤みのかかった長髪を後ろで縛り込んだ、メガネのよく似合うとんでもない美人の女性が立っていたのだった。


「えっと、あなたは誰ですか?」


当たり前に感じた疑問を私は直球で女性に伝える。

と、同時に不審者である可能性を考慮して座っていた椅子から腰を上げ、女性から距離をとりつつ出口の位置を確認する。もちろん手はポケットの中のスマホに伸ばしておき、もしもの時にはすぐに助けを呼べる準備も忘れない。

そんなあまりにも分かりやすすぎる警戒心剥き出しな私の行動に女性は苦笑しつつ、両手を上にあげてバンザイのポーズをとりながら敵意がないことを示した。


「すまないすまない。驚かせるつもりはなかったんだ。しかしお迎えのために保健室に入ったら、目的の人物が寝ているであろうベッドの横から何やら興味深いことを呟いている女の子がいたらね。何か声をかけたくなるのが人の心ってものだろう?」


「なんですかそのとんでも思考ロジック。何も共感できませんし、今のでさらに貴方への不信感が増しましたよ」


女性の適当な言葉に私はツッコミを入れつつ、さらに警戒を高めてスマホをポケットから出して11までダイヤルを押しておく。

そんな冗談抜きの私の対応にようやく焦り出した女性はバンザイした手をそのまま前にやり「話をしよう」と声を出した。


「私はそこで寝ている彼、水瀬界人の保護者だよ。彼が倒れたと萊田雄斗から連絡を受けて身柄を引き受けるためにここに馳せ参じたのさ。さぁ分かったらそのスマホをポケットの中にしまっておくれ?」


どうやら彼女は自分のことを水瀬くんの保護者だと名乗るようだ。

そういえば先ほど保健室の先生と生徒会長がそんな話をしていたのが記憶によぎる。生徒会長の名前も出てきているし事情を把握していることからもそれは間違い無いだろう。

しかしだからといって。


「私に後ろから声をかけて生理的な嫌悪感を持たせたことへの弁解はありませんね。先ほどの論理で女子に後ろから声をかけてもいいと思っているなられっきとした犯罪者予備軍です。お縄もいいところでしょう」


「さっき謝ったじゃないか!」


「謝って済むなら警察いらないんですよ!」


閑話休題。

とりあえず目の前に現れた女性に後ろから声をかけられたことをもう一度平に謝ってもらいつつ、私たちはお互い椅子に座って話を始めたのだった。


「私の名は相田空だ。先ほど伝えた通りそこで眠っている彼、水瀬界人の保護者、とでも今は名乗っておこうかな」


「今は?」


相田さんと名乗った彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた私がその単語を言葉に出す。

相田さんは困ったような顔をして頬を掻きつつ「色々と複雑なんだ」とだけ話し、それ以上のことは口に出さなかった。


「そうなんですか。私は福永護です。水瀬くんとはクラスメイトです。以上です」


「サッパリしてるねぇ」


私の簡潔すぎる自己紹介に相田さんは面白そうに小さく笑い声をこぼすと、続けて私に質問を投げてきた。


「それで、彼とはただのクラスメイトの福永さんはなんで彼のベッドの横で、さっきはあんなことを呟いていたんだい?」


「なんですか何蒸し返してるんですかそんなに通報されたいんですか?」


「悪いが通報の脅しはもう効かないよ。私と君は名前を教えあい他人以上の関係となっている。君だっていたずらに警察を呼んで迷惑をかけたくないだろう?」


正論である相田さんの言葉に私は「ぐっ」と悔しい声を漏らしつつ、ポケットの中のスマホから手を離す。

こんなことなら名前を教えるべきじゃなかったと後悔の念を味わっていると、さらに相田さんから言葉がかかる。


「すまない。実は彼、水瀬界人から君のことをよく聞いていてね。どんな子なのだろうと思っていたら、まさかのことを君が口に出していたから気になったんだ。彼には黙っておくからよければ聞かせてくれないかな?」


相田さんは柔和な笑みで私にお願いをしてきた。

正直小っ恥ずかしくて仕方ないが、ここで意固地に黙れば、後でこの人から水瀬くんに何を言われるか分からない。ならばここで彼女にだけ心中を話して水瀬くんには絶対に漏らさないように約束しておけばいいと私は頭を巡らせ、ひとまず深呼吸をして相田さんに自分の心中を話したのだった。


「友人が、さっき同じことを言っていたんですよ。彼が倒れたのは自分が頼りないからだって。私はそんなことないと言って友人を励ましたけど、正直、私自身、彼からそんなに信用されているとは、まったく思っていないんです」


「………ほぉ」


私の心のうちを聞き、興味深そうに相槌を打つ相田さん。一体こんな話の何に関心を抱いているのか分からないが、私はとりあえず話を進めた。


「私と友人は彼、水瀬くんについて、クラスメイトであること以外まったくと言っていいほど何も知りません。なんでこんなに物知りなのか、なんであんなに先のことまで考えられるのか、なんで生徒会長たちと知り合いなのか、関われば関わるほど謎が増えていって、それでいて彼は何も私たちに教えてくれない。正直彼がなんで街の景色を眺めたいのかすら分かっていないんですよ、私」


自嘲するように、相田さんは知らないかもしれない屋上突破計画のことまで話す私に、しかし相田さんは茶化すようなことをせず、黙って話を聞き続ける。そんな彼女の態度に次第に私の悩み相談を聞いてもらっているように感じてしまい、私は小さく「すみません」と言葉を投げた。


「構わないよ。私が聞きたいと頼んだんだ。君が謝ることは何もない。続けて」


相田さんは優しく言葉を投げてくれると、私も少し心が軽くなった感じを受けて、話を続けた。


「私が水瀬くんの手伝いをしているのは実は自分のためなんです。誰かの夢が叶う瞬間を近くで見てみたい。その自己満足のために、私は彼のそばにいただけなんです。水瀬くんは、そんな私の下心を見抜いていて、だから私を頼らなかったのかな、と。それで、頼る人がいなかったから彼は無茶をしてこうやって倒れたのかな、と。そう思って。だからさっき、ふとあんなことを呟いてしまったんです」


「以上です」と、そう言い放ち私は口を閉じた。

相田さんを見ると口をつぐんだ私をじっと見ながら真剣な表情をしている。突然こんなことを聞かされて困惑しているのだろう。やはり申し訳ない。

しかし言い終わってしまえばやはり人に聞かせるような内容であることを痛感する。

言うなれば先ほどの語りは私自身の自己批判の叫びだ。

こんなことは家の布団の中で雄叫びをあげながら自分にだけに言い聞かすようなことなのに、私は相田さんの人の良さをいいことにこうやって話してしまった。さぞ耳汚しになってしまったことだろうと、私はもう一度謝ろうと口を開きかけると、先に相田さんの方から私に声がかかった。


「うん、まずは礼を言わせてほしい。自分の心中、さぞ言いにくいだろうことをこんなよくも知らない他人に聞かせてくれて本当にありがとう。そして私の頼みで君に嫌な思いをさせてしまったかもしれないことを謝ろう。すまない。しかし、この時間は互いにとても有意義な時間になった。少なくとも私はそう思う。君にもそう感じてもらえるように、これからは私が君に言い聞かす番だ」


「え?」


相田さんの突然の言葉に私は困惑の声を上げる。

この人は一体何を言っているのだろう。


「まず前提として、そこの彼、水瀬界人は君たちに全幅の信頼を抱いていることを伝えておこう。なんなら慕っているとすら言っていいかもね」


未だ呆ける私を置き去りに相田さんは話を続ける。

私は彼女の口から放たれる言葉にただ耳を傾けるだけ。


「次に水瀬界人の隠し事について。これのために君たちは彼から信頼されていないと思っているが、これは彼の生い立ちと元来の性格から起因することだ。正直知らない方が普通とだけ言っておくよ。安心したまえ。彼は君たちを信頼していないから教えないんじゃない。逆に教えることで君たちが自分から遠ざかることを恐れているんだ。そして最後に君の目的について。ーーー彼はきっとそんなことを気にしていない。でも、それを知れば、君が気にすることを気にするはずだ。だからもしそれを話せる勇気を持つことができたら、ぜひ水瀬界人に伝えてあげてほしい。もう一つ私からアドバイスとして言えるのは………あまり自分を責めすぎるのは精神衛生上良くないということかな。そういった思考は自己肯定の欠如に繋がってしまう。もっと自由気ままに生きてみたまえ、麗若き女子高生よ。もしそれが難しいと言うのならーーー、また私が相談に乗ってあげるから、ここまで連絡してくるといい」


そう言って相田さんは懐から一枚の小さな紙を取り出すと私へと差し出した。

急にたくさんのことを言われて思考が追いつかない私は反射的に差し出されたその紙を受け取った。

そこに書かれていたのは彼女の名前と連絡先、そして彼女の仕事を示す肩書きだった。


「顧問弁護士、相田空………弁護士!?」


紙に書かれたその単語に私は驚き、受け取った紙ーーー名刺と相田さんの顔を何度も見返した。

唐突な事実を突きつけた相田さんはというと、驚いた私を面白そうに見ながら、片手間に水瀬くんを肩に担ぎ上げたのだった。


「さて、予期せぬ人生相談をしてしまったが、実は私もそんなに時間があるわけでもない。この朴念仁から与えられた仕事がたくさん残っているからね。そろそろコレを連れておさらばさせていただくとしよう」


「ちょ、ちょっといきなり何を…!」


一般的な男子高校生の体格を持つ水瀬くんを軽々と担ぐ相田さんに多少驚きながら、突然のことに抗議の声をあげる私。

そんな私に相田さんは微かに笑みを浮かべながら保健室を後にするのだった。

相田さんの行動に終始戸惑うしかなかった私は保健室を後にする彼女を引き止めることも叶わず、一人残った保健室で手元に残された名刺を見つめるだけだった。

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