Op.1-6第2節

「にぃ」


 と、花蓮かれんはリビングで椅子に座って、灯莉あかりと会話をしていたみやびへ声をかけ、その手に持っていた、『くまのぬいぐるみ』を差し出した。

 みやびはそのぬいぐるみを見ると、


「頭の糸がほつれたのか。中身見えてる……というか、出てきちゃってるし

「うん、直して? さっき殴ってたら爪に引っかかっちゃってねっ」

「お前、ぬいぐるみに何てことしてるんだよ」


 いつものことであるが、呆れるみやび


「み……みやびくん。わたしに……やらせ、て……?」


 灯莉あかりはそう言うと、みやびから、破れたくまのぬいぐるみを受け取る。


「直せるのか?」

「がんばって、みるね……?」


 みやびが、裁縫セットを取り、灯莉あかりへ渡す。

 普通の家庭には裁縫セットがある方が珍しい気もするが、花蓮かれんがよくぬいぐるみに限らず、いろんなものを壊すので、裁縫セットに限らず、いろんな物があったりする。

 針に糸を難なく通す灯莉あかり。慣れた手つきで綿を戻し、糸で縫い合わせる。

 その様子をみやびは、じっと見ていると


「は……はずか、しい……」


 視線に気づいた灯莉あかりが顔を赤らめ、みやびへ抗議する。


「ごめん」

「……見ても、いい……よ?」

「どっちだよ!?」

「は、はずかしいけど……」


 ごにょごにょと、灯莉あかり自身にしか聞こえない声で何かをつぶやいたせいで、みやびには続きが聞こえなかった。


「恥ずかしいけど……?」

「ぅぅ……いじわる」

「どうして!?」

「うれしい……とか、言えない……よぅ」

「……言ってるじゃん」

「あぅ……、っ! 痛っ!」


 灯莉あかりは集中力をそぎ落とされ(自業自得であるが)、針で自分の人差し指を刺してしまった。その指を自分の口へ近づけ、傷口を舐める。


「ちょ、ちょっと待って」


 「絆創膏、絆創膏……」と、言いながら、救急箱を漁るみやび。そこから、あかぎれ用の絆創膏と消毒液を取る。


灯莉あかり、指出して」

「う……うん」


 素直に差し出す。針が刺さった場所を見ると、そこまで深くは刺さってなく、血もすでに止まってはいた。

 念のため消毒をすると、少し染みたのか小さく顔をしかめる。傷口を中心に、あかぎれ絆創膏を巻き貼り付けた。


「あ……ありが……とう」

「ん」


 その後は、灯莉あかりがまた指に刺さないように、みやびは声をかけることもなく、邪魔にならないように見ていた。

 二十分という時間を掛け、丁寧に綺麗に縫い終わる。その出来栄えは、よく見ないと縫った場所がわからないくらい上手なものだ。


「お、終わった……よ」

「お疲れさん」


 労いの言葉をかけると、灯莉あかりがほころぶ。

 ぬいぐるみを渡そうと、花蓮かれんがいないかきょろきょろ見渡す。


「あー、花蓮かれんなら今風呂だ。灯莉あかりが縫い始めるくらいにはもう向かってた」

「あ、あはは……」

「自由だよな、本当に」


 花蓮かれんの自由な行動に、灯莉あかりは苦笑いを浮かべるしかなかったのだった。




「先輩、ありがとうございます」


 花蓮かれんがお風呂から出てきて、くまのぬいぐるみを渡された花蓮かれんは、素直にお礼を言う。


「……また、にぃの代わりのサンドバッグにできますっ!」

「「……」」


 そう言い残し、上機嫌に自分の部屋へと向かう花蓮かれん

 思わず、お互いに顔を見る、みやび灯莉あかり


「「それだけは、やめて!?」」


 花蓮かれんの後ろ姿へ向きなおし、息ぴったりに言葉を投げかけた。

 

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