Op.1-5第3節2拍

 灯莉あかりは起きない。


 昨日の夜、男二人組に昏睡させられた状態から一回も起きていなかった。

 規則正しい寝息も立てずに、力が抜けた状態で寝ているのは、男達に対して抵抗しているようにも見えている。


 みやび灯莉あかりは、〈転移術テレポート〉で廃病院へ向かい、灯莉あかりのいる場所を突き止め、観察していた。


「にぃ、なんであいつら、昼間から寝てるのかな」


 楔れた長椅子で寝ている男二人が大きないびきをかいて寝ている。昨日の夜、灯莉あかりを拐った犯罪者だ。

 なんとも緊張感がない現場を見て花蓮かれんはコソコソとみやびに話した。


「昼夜逆転生活だったら昼間から寝ていてもおかしくはない」


 と、みやびは言う。

 現状、灯莉あかりは野放しにされているようにも見えるのだが、実際そうでなく、よく見ると手首と足首に枷がはめられていた。


「こう言う時の魔法って不便だよな」


 と、みやびはつぶやく。

 一般人に対しての魔法の使用は認められてない。

 それ以前に、楽器で弾くと言うことは少なからず音を発してしまうため、相手に気づかれる可能性が極めて高かった。


「にぃ、〈転移術テレポート〉を使えるタイミング教えてね?」

「わかった」


 と、花蓮かれんは言う。

 すでに、みやびは学園へ連絡しており、今は学園からの連絡待ちであった。


 みやびは今のうちにでも救出したいと考えているのだが、男二人とも寝ていることに違和感を感じていた。


(いくらなんでも無防備すぎる)


 と、みやびは思っていた。

 ちらっと、腕時計を見る花蓮かれん


「にぃ、そんなに時間がないかも」


 と、花蓮かれんみやびに言う。

 〈転移術テレポート〉の反動がもうすぐ来ると言うことだ。

 〈転移術テレポート〉を使用してから二十四時間のうちに、〈転移術テレポート〉を使用した回数に応じて、花蓮かれんは一定期間の反動を受ける。


 一回なら、多少の運動障害が。

 二回なら、さらに全身の痛みに苛まれる。

 三回なら、さらに魔法が使えなくなる。

 と、使った回数に応じて反動も大きくなってしまう、諸刃の剣でもあった。


 すでに三回使用しているので時間が経過すると魔法まで使えなくなるのは確定している。


「あと何分くらい?」

「あと一時間ってところだよっ」


 自分のことなのに、無邪気に、他人事のように言う。


「ん?」


 みやびはポケットの中でスマホ端末が震えていることに気づき、メールを見る。


『明日実行』


 と言う、みやびにとって悲しい知らせが届く。


(人はなんて愚かだ。自分のことじゃないからと、一日くらいならと、考えているのかもしれない)


 みやびはスマホ端末をポケットへ丁寧に戻すが、対照的に心は穏やかではなかった。

 花蓮かれんは、そんなみやびの様子を見ると


「にぃ、暴れてきていいかな」

「なるべく危害は加えないようにね」

「じゃあ、先輩を回収してくるから、にぃ、あとはよろしくねっ」


 と、ベースを弾き始め、駆け出す花蓮かれん灯莉あかりのところまで到達すると、先ほどまでいびきの音だけで包まれていた空間に、花蓮かれんではない、綺麗な歌声が響く。


「この歌声……」


 花蓮かれんも歌声に気づいたのか足を止めた。無論、演奏はしたままだ。


「〈コールド・ブレイク〉」


 と、澄んだ歌声が響き渡る。

 一瞬のうちに温度が低くなる。


 〈コールド・ブレイク魔法の発動〉を聴いた瞬間、みやびはキーボードを取り出し、花蓮かれんは〈転移術テレポート〉を発動する。


「にぃ、あとはよろしくねっ」

「わかった!」


 と、会話をするや否や、みやびの背中にものすごい冷たさを感じた。


「……」


 歌声の正体であろう、仮面をつけ、顔がわからない少女がみやびの後ろに現れる。

 花蓮かれんはその瞬間、もう一度〈転移術テレポート〉を発動。すぐさま灯莉あかりを家へ連れて帰った。


「……」


 仮面の少女は佇む。

 それだけでみやびは圧を感じてしまう。


「その二人組の味方か?」


 みやびは仮面の少女へ問う。


「……」


 無言で二人組を見る仮面の少女。


「〈ゼロ〉」


 と、単語を紡ぐと即座に魔法が発動する。

 すると、先ほどまで爆睡していた男達が起き上がり、そのまま悲鳴をあげる。


「ぎゃああああ……」

「あ……あ……」


 と、一瞬のうちに男達は氷漬けにされ、静粛に戻る。

 その光景にみやびは冷や汗をかく。

 たった一人で、しかも一瞬にして発動した魔法があの効果。もしみやびがターゲットにされてたら、息絶えているのは間違いなかった。


「あの二人、氷漬けにしちゃって大丈夫か?」

「……」

「無視か……。まあいいけどね」


 みやびは、仮面の少女の方へと振り返り問いを続けたが、仮面の少女は無視し、そのまま手を耳に当てる動作をする。


「……」


 相変わらずの無言であるのだが、多分何かしらに通信はしていたのであろう。仮面の少女は手を下ろすと、そのまま自分の影へ溶け込み、みやびの目の前から消えた。


「影に溶け込んだ……?」


 と、みやびは聴いたこともない魔法に不思議そうにしていたが、戦わなくて済んだことに安堵を覚える。

 氷漬けにされた男達は、みやびが振り返った瞬間に忽然と消えていて、最後に残されたのはみやびだけとなった。

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