Op.1-3第5節

 昼、真っ黒の物体が入っていたお弁当箱を気合だけで食べきったみやびは、なんとも言えない不快感を覚え、教室を一回出る。


「殺人弁当……やばすぎる……」


 廊下にある手洗い場に来たみやびは、思わずつぶやいてしまう。


「玉子焼きって言ってたけど、玉子焼きってあんなに黒くできたっけ」


 ついさっき食べたはずの弁当箱の中に入っていたおかずを思い出そうとしても、玉子焼き以外の具材がまったく思い出せないみやび。二度と食べたくないなと素直に思ってしまった。

 いったん落ち着こうと水道の蛇口を捻り、水を掬い上げ、顏に掛ける。冷たい感触が伝わり、少し不快感が消え失せた気がした。


 少しばかりの時間が経過し、みやびは教室へ戻ろうとする。


「~♪」


 と、廊下まで響く灯莉あかりの透き通った歌声に、みやびは耳を奪われる。

 灯莉あかりの歌声は何回も聞いているはずなのだが、いつもと違う歌声に感じた。


 みやびはガラガラっと教室のドアを開けると、そこにはとても綺麗で、楽しそうにステップを踏みつつ、歌っている灯莉あかりがいた。


「えっ、あ……みやびくん!?」


 と、灯莉あかりみやびが教室へ戻っていることに気づいて、思いっきり顏を赤らめる。

 みやびはドアを閉めつつ、一言話す。


「赤くしなくてもいいのに」

「だ……だって、は……恥ずかしいんだもん」


 みやびは目の前で顔を赤らめてはいるが綺麗に踊る灯莉あかりを見て、「なんて可愛いんだ」と思ってしまった。

 灯莉あかり的には本当に恥ずかしがっているのだが。


 赤らめていた灯莉あかりがふと、何かを主出したかのように真剣な顏になる。

 みやびはその表情の変化にすぐ気づいた。

 トコトコと、みやびの元へと歩いてくる灯莉あかりみやびは何事かと思い、少しだけ後ろへ行くが、一歩進んだだけで、閉められたドアに退路がなかったため、そのまま立ち止まる。

 灯莉あかりみやびの目と鼻の先まで行き、そのままみやびの身体へ抱きつき、顏をみやびの胸にうずめた。


「あ、灯莉あかり、なななななんでくっつくんだ」


 ある程度は予想していたみやびであるが、女の子特有の柔らかい身体を押し付けられては、声を震えさせることしかできない。

 (邪念撲滅……邪念撲滅……)と、頭の中で唱えるみやびであるが、心臓は一向にドキドキしていた。


「み……みやびくんの胸、すごい、ドキドキしてる……」


 みやびの心臓の音は灯莉あかりに聞こえていたようだ。

 みやびは、その事実に顔を赤らめる。


「《調律〈チューン〉》」


 と、少し時間がたってから灯莉あかりがつぶやいた。


 みやびはその言葉を聞いた瞬間、頭に変な違和感を覚えた。自分の中に、何かが入ってくる感覚。その感覚を味わったとき、先ほどまでの羞恥心がすーっと消え失せた。

 それは、灯莉あかりも同じだったらしく、小さく「んっ……」と、声を上げる。そして、灯莉あかりみやびの身体を離れた。

 みやびは、そのまま少し固まる。


みやびくん。みやびくん……)


 と、みやびはハッとする。もう一回、みやびに対して呼びかけている灯莉あかりの声が聞こえた。否、聞こえたというのは意味が違うだろう。だって


灯莉あかり? 灯莉あかりなのか?)

(そ、そうだよ、み……みやびくん)

(これがさっき渡された《調律〈チューン〉》の魔法?)

(う……うん)

(不思議な感覚だな)


 みやびは、脳内で会話をするという不思議な体験をした。そして、ある疑問が思い浮かんだ。


灯莉あかり。そういえば、僕が演奏しなくてもそれは使えるんだ)

(う……うん。そうみたい……だね)


 「そういえば、〈開放フォルテ〉も演奏は必要なかったな」と、雅は考えた。

 すると、灯莉あかりは少し照れたようなしぐさをして


みやびくん……、〈開放フォルテ〉は、わ……わたしの初めてなの)

「初めてってなんですか!? あと、なんで聞こえてるの!?」


 みやびはびっくりして思わず声をあげてしまう。


「だ……だって、お互いが考えてること……は、わかっちゃうよ」


 みやびは〈調律チューン〉の効果に苦笑いする。


「これ、いつ切れるの?」

「わ……わからない」


 と、返されて少し困るみやび

 少しばかり、静粛が場を支配していたが、


「ふわぁ……」


 と、灯莉あかりが眠たそうにあくびをすることで、打ち破られた。

 その動作を見たみやびは、ある既視感が起こる。

 それは、入学式の夕方、屋上で灯莉あかりが〈開放フォルテ〉を使ったとき、そのまま寝てしまった光景だった。


(眠いのか)


 と、みやびは頭の中で語り掛けると、眠たそうにしていた灯莉あかりみやびに身体を預けてきた。

 みやびは慌てて身体を支えつつそのまま地面へ座る。


(あ……ありがとう、み……みや……び……くん)


 と、灯莉あかりは感謝を述べるとそのまま意識を閉ざした。

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