Op.1-3第4節

 昨日のあの後、みやび達はそのまま解散することとなった。

 翌日、土曜日である今日は学校が無い日だ。しかし、みやび灯莉あかりと学校で待ち合わせの約束をしているため、学校へ来ていた。


「にぃ、だから言ったじゃん! 行くのが早いって」


 隣から花蓮かれんに言われる。

 それもそうだ。一時間も早く着いてしまえば、小言を言われてもしょうがない。


「本当になんで、僕に付いてきたんだ……?」


 朝、花蓮かれんにいつものように叩き起こされた後の記憶が、何故か残ってないみやびは、疑問に思うのである。


「だって、にぃを起こしたら『灯莉あかりに合うのに学校行かないと』って言ってて、それで先輩に私のにぃが盗まれちゃう』って思っちゃって、そのままもう一回んだよ!」

「盗まれるって、別に僕は花蓮かれんのものじゃないだろ……」

「にぃは私のものなの! 誰にも渡さないんだからっ!」

「はいはい、そう言うことにしておくよ……」


 と、灯莉あかりの有無を言わさない雰囲気に、みやびは素直に応じた。

 花蓮かれんにもう一回、失神寸前の抱擁おこされたことに突っ込まないのは、毎朝抱擁されることおこされるのに慣れているせいだ。


「よっと」


 みやびは背中に背負っていた、テーブルに置くタイプの電子ピアノを取り出し、電源を付け、弾き始める。


「にぃ、また先輩の曲弾いてるの!?」

「難しすぎて毎日やらないと、指が忘れるんだ」


 と、灯莉あかりの曲を弾いていたみやびは、花蓮かれんの言葉を適当な理由をつけてあしらう。


「にぃ、私の曲を弾いてよ!」

「ダメだ。絶対暴走する」

「むー」


 花蓮かれんはふてくされる。

 片方の頬に空気をためて、灯莉あかりは「私は怒ってますよ」アピールをしているのだが、可愛く、とても可憐だった。


「後でケーキ奢ってねっ! それで許してあげる!」

「なんで僕がケーキを奢ってあげなきゃならな……」


 と、みやびは、ガラガラという音が鳴ったことに、言葉を失う。

 そこには、バイバイと手を振る花蓮かれんの姿があった。


「言うだけ言って帰ったな……」


 いつも通りの花蓮かれんだなと、みやびは思いつつ、花蓮かれんの曲を弾き続けた。


          ♪


「み……みやびくん、れん……しゅうしてるの?」


 と、みやびが練習していると、左隣へ来ていた灯莉あかりに声を掛けられる。

 みやびは時計をチラっとみると、約束の時間になりそうだったのを見て、「もうこんな時間か」と、思う。


灯莉あかりの曲、難しいからね、練習しないと指が忘れそうで」

「ごめんね……? 妄想してると難しいこ……行為しか思い浮かばなくて」

「それ、えっちぃ妄想じゃないよね?」

「み……みやびくんはなにを想像してるのっ!?」


 と、珍しく慌てた声で喋る灯莉あかり


「ごめん、ちょっとからかった」

「み、みやびくん……、心臓に……悪いよ……」


 みやびはすぐに謝る。


「ところで、なんの用で待ち合わせなんかしたの?」

「あ……うん、これを……見てほしいのだけど」


 と言って、何枚かの紙をみやびへ渡す。楽譜だ。

 題名に書かれているのは『調律』。


「これ……、かんたんに言うと、わ…わたしとみやびくんがお……奥で繋がれ……」

「まて、その表現はおかしい」

「むぅ……」


 と、灯莉あかりが頬を膨らます。それを見たみやびは、不覚にも可愛いと思ってしまい、照れくさそうに明後日の方向へ向いた。

 それを少し、変に思う灯莉あかりであるが、あまり気にせず、説明を再開する。


「わ……わたしとみやびくんのかんがえている……ことが、わかるようになる、ま……魔法」

灯莉あかりが歌ってる間、何も話せないからか」

「う……うん」


  灯莉あかりは〈歌姫メロディエスト〉なので、ライブでは基本的に歌わないといけない。

 そのせいで、ほかのデュオにはできる、演奏中の会話というものができず、意思疎通が難しいのだ。


 『調律』と名が記された楽譜を手に取るみやび

 音符を目で追っていく見るみやび。少し、頭の中で音を奏でると、灯莉あかりっぽさを感じつつ、これまでの灯莉あかりの曲とは違う奏法を取り入れられていた。


「ど……どうかな?」


 と、心配そうにみやびを見ていた灯莉あかりは、少し緊張からか、かすかに身体が震えていた。


「物は試しに、練習してみないとわからないな。でも、これで意思疎通ができるなら、相当いいものかもしれない」

「あ……ありがとう。みやびくん」


 みやびが褒めると、灯莉あかりはホッと安堵をする。


「あ……あと、これ……みやびくん……に」


 と、おもむろに、いつもは手にしてない手提げバッグから、風呂敷に包まれた物体を取り出した。風呂敷を開けると、そこに入っていたのは弁当箱だった。


「え、ありがとう」

「ど……どう……いた…し……」


 みやびは驚くが、感謝を述べると、灯莉あかりは挨拶語を言うが、途中から声が小さくなってしまい、みやびには聞き取れなかった。


「がんばって……作ったから、た……食べて?」


 と、灯莉あかりは弁当箱の蓋を開ける。


 真っ黒だった。


 弁当箱の中身が黒色で埋め尽くされていた。


灯莉あかり……? 料理、作るの、苦手?」

「…………」


 と、顏を明後日の方へ向ける灯莉あかり。図星なようだった。

 みやびに響いている、旋律を奏でていた頭が、急に戦慄で埋め尽くされる。


「がんばって作ってくれたんだよな?」

「……(コクッ)」


 と、顏を戻すことなく、そのまま頷く灯莉あかり

 昼ごはんを持ってきていないみやびは、観念して食べることになるのであった。

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