Op.1-1第5節

「えー、〈演奏者ディーバ〉が扱える魔法は、多種多様にわたって存在しており、操れる属性は〈演奏者ディーバ〉によって異なる……」


 神林先生の声が教室に響く。

 魔法学の基礎を授業で行っていた。


「魔力は人間なら誰でも持っているが、魔力の量が多い人間が、魔法を操ることができ……」


 みやびは、授業に対して退屈そうだ。

 左隣に座っている灯莉あかりに、教師には聞こえないくらい小さな声で


「そういえば灯莉あかりって、魔法はどんな属性が使えるんだ?」

「……きょ、きょーか魔法……かな」

「強化魔法?」


 強化魔法、という系統を初めて聞いたみやび


「強化って、どんな感じ?」

「た……たとえば、わたし自身の……身体がおかしくなっちゃう……」

「それ絶対違うからな?」

「な……なんか、速くなったり……、頭が気持ちよくなったり……」

「違うからな?」


 灯莉あかりは今日も絶好調である。

「強化魔法って言うくらいだし、多分身体能力系を強化する魔法かな」とみやびは考えた。


「え……えっと……」

「それ以上言うとさらなる勘違いが生まれるから……」

「え……あ、うん。わ、わかった」


 と、これ以上、灯莉あかりから誤解を招く言い方されてもみやびは困るため、強引に話を切った。

「むぅ」と、可愛らしい声が灯莉あかりの口から漏れたのだが、小さすぎたためみやびには聞こえなかった。


「み……みやびくん」


 と、今度は灯莉あかりから話しかけられる。


「き……今日の放課後、ちょっと時間、空いてる……?」

「大丈夫だ」

「そしたら……い、一緒に帰ろ?」

「わかった」


 一緒に帰るくらいなら大丈夫だろうと返事をするみやび


「あ……ありがとう」


 と、灯莉あかりは嬉しそうにお礼を言う。

 みやびはそんな灯莉あかりを見て、みやび自身もちょこっと嬉しい気持ちになる。

 みやび灯莉あかりは、その後、授業に集中し始めた。


         ♪


「み…みやびくん。ちょっといいかな」


 今日の授業が全て終わったと同時に、みやび灯莉あかりに声をかけられる。

 返事を聞く前に、灯莉あかりが教室から出て行ったので、みやびも後をつけていった。

 階段をずーっと登り続け、向かった先は一枚の扉。それを開けると眩しい日差しが突き刺さった。


 そう、屋上だ。


「み……みやびくん。ちょっと、そ……そこに立って?」


 そう言われたみやびは、灯莉あかりが指を刺していた場所。屋上のど真ん中に立たされた。

 みやび灯莉あかりの方へ向いた。そこそこな距離は離れているだろうか。


「じゅ……準備は…いい?」

「ああ」


 みやびは「何の準備?」と思っていた。

 その返事を聞いた灯莉あかりは、自分の左手を胸へ、空に向かって右手をかざす。


「〈解放フォルテ〉っ!!!」


 と、大声を上げた。


「……!?」


 みやびはその光景に驚愕する。

 みやび灯莉あかりの、そこそこ空いていた距離がほんの一瞬で詰まっていたのだ。

 今はみやびの目の前に灯莉あかりがいる。

 ふわっとした風がみやびの身体を通り抜けた。


 灯莉あかりみやびの目をじーっと見ていた。

 みやびは驚愕しすぎて動けなかった。


 静粛。


 少しの間、お互い動かず、言葉も発さなかったが、灯莉あかりが話し始めた。


「これが、わ……わたしの強化魔法」

「……〈解放フォルテ〉だったっけ?」

「そ……そう。こ……これはね、弱い部分があってね……」


 そう言いながら灯莉あかりは崩れる様に倒れたので、みやびは慌てて灯莉あかりを受け止め、女の子特有の心地よい匂いが鼻をくすぐった。


「〈解放フォルテ〉を……使うと、……身体にふた……んが、かかって……」


 途切れ途切れ、みやびの胸に顔を埋めて、息を切らしながら言葉を紡ぐ灯莉あかり。とても苦しそうだった。


「もういい、しゃべるな」


 そんな様子を見かねてみやびは言った。


「み……みやびくん」

灯莉あかり……」

「ひ……膝枕、し……してもらってもいい?」


 立っているのもやっとなのか、体重を預けてくる灯莉あかり

 少しでも楽にしてあげようと、灯莉あかりを支えながら屋上にある長いベンチへ行き、その端っこに座った。

 自分のふくらはぎに灯莉あかりの頭を乗せ、灯莉あかりの足を伸ばさせる。


「優しいね……。わ……わたしのこと、襲えるのに、それを……しないって」

「苦しそうにしてる灯莉あかりを、放って置けるわけないだろ」

「ふふっ……ありがとう」


 横になったおかげか、少し楽になった灯莉あかりはそのまま目を閉じ、眠りについた。


         ♪


 あなたは戦場にいます。


 〈歌姫メロディエスト〉であるあなたは魔法を使い、敵へ迫り、夥しい数の敵を次々と倒しました。

 ただ、あなたはすでに体力、魔力共に相当消費していましたが、休む訳にはいきません。

 なぜなら、別の敵からの魔法による攻撃があなたに迫ってきていたのです。

 あなたは体力的に避けることも出来ず、強化された身体を頼りに敵からの攻撃を受けました。

 とても痛いと思います。

 あなたは傷つき、痛みに苛まれ、身体がボロボロになっても立ち上がりました。満身創痍という言葉が似合う状態ですが、それでも立ち上がるしかなかったのです。

 夥しい数の魔法を使った代償でしょうか。視界がかなりぼやけていました。

 それでもあなたは立ち上がり、敵を倒すしかないのです。

 立ち上がったと同時に、あなたは魔法を使って敵を倒そうとしました。

 しかし、詠唱しても再現されませんでした。魔力を使い切ってしまったのです。

 その時、敵の詠唱を終えた、強力な魔法があなたに襲いました。


        ♪


 みやび灯莉あかりの寝顔を見ていた。

 その寝顔には、規則正しい寝息ではない、苦悶の表情を浮かべていた。呼吸も荒々しい。

 「悪夢でも見ているのか」と思い、つぶやくみやび

 少しでも紛らせようと、灯莉あかりの手を握った。

 すると、灯莉あかりは目を思いっきり開き、みやびを見る。


「大丈夫か?」


 と、みやびは心配そうに声をかけた。


「う……うん。大丈夫……だよ、みやびくん」


 灯莉あかりはそう返すが、汗をかき、息を切らしている灯莉あかりはどう見ても大丈夫には見えなかった。


「変な夢でも見たのか?」

「……そうだ……ね」


 灯莉あかりは息を整えながら言葉を続ける。


「わたしが……ね、て……敵と戦っている、夢を見ていたの。倒しても……次々と襲いかかってきて、そしてやられて……。なんで……あんな夢を見たのかな……。

 でも……、不思議だったな……」

「何が不思議だった?」

「だって……、夢のような感じが……しなかったんだよ」

「夢なのに、夢の感じじゃない?」


 夢なのに夢の感じじゃない。そんなことがあり得るのだろうか。


「う、うん。わ……わたしがたった1人で……、たくさんの、〈演奏者ディーバ〉と……戦って」

「……」

「そして、わたし……も、たくさん傷ついて……、さ……最後は、……殺されたの、かなぁ……。そのときに、ゆ……夢から覚めたの」


 みやびは夢とはいえ、その状況の悲惨さに驚愕した。

『負けたら死ぬ』という文字が似合う状況だった。


「い……今まで、そんな夢み……見なかった……のに……」


 灯莉あかりが、段々と目に涙が溜まり、止め処なく溢れ出した。時折聞こえてくる嗚咽がみやびの耳に響いた。


灯莉あかり


 と、みやびは声をかけた。


「魔法はたしかに、人を殺せる。ただ、人を殺すために使うなんて、ありえない」


 魔法は人々の希望でもあり、娯楽だ。殺すために使うのではないのだ。

 ただ、みやびは知っていた。

 魔法で人が殺せるということを。


「もし、そうなったら僕が絶対守ってやる」


 と、灯莉あかりの目を見て、力強く言った。


みやび……くん」


 灯莉あかりはそう言いながら、寝たおかげで、楽になった身体を起こし、みやびの隣へ座る。そして、みやびの方へ顔だけを向かせ


「そ……その時は、いっぱい頼るから……ね?」

「おう」


 柔らかい表情で、ほんのり笑顔になりながら、灯莉あかりは自分の頭をみやびの肩に預けた。

 みやび灯莉あかりの暖かさを感じつつ、


 こんな時間が永遠に続ければいいのにな


 と、思うのであった。

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