Op.1-1第3節

花蓮かれんちゃん、す……すごかったね……。まるで嵐が来て……そのまま去った、みたいだよ……」

「あいつ、昔からあんな感じなんだ。許してやってくれ」


 と、みやびが言う。

 灯莉あかりはクスクスと、軽く握った手を口元に持ってきて、笑ってた。


九重ここのえくん」

「なに?」

「な、名前で……みやびくんって……よ、呼んでもいいかな……?」

東雲しののめさんが良ければ、いくらでも」

「その……『東雲しののめさん』じゃなくて……『灯莉あかり』って呼び捨てで……呼んで……? ふ、不公平だよぉ……」


 上目遣いで見上げる灯莉あかり

 顔が赤く、恥ずかしそうに、それでもちゃんとストレートに言う灯莉あかりは可愛く、魅力的だった。


「えっと、あ、灯莉あかり。これで……いいかな?」

「うんっ!……もう一回お願い……」

灯莉あかり

「も……もう一回っ!」

灯莉あかり!」


 と、大きく名前を呼んだ。

 灯莉あかりは恥ずかしくなったのか、俯き、きゅーっとさらに一段、顔を赤くした。

 みやびも同じく、顔を赤くした。


「ふふっ……は、恥ずかしいね……これ」

「恥ずかしいなら何回も言わすなよ……」

「でも……嬉しいよ? わたしは」

「そうか?」

「だって」


 灯莉あかりみやびの目を見て


「み……みやびくんのこと、気になってた。……好き? とは違うけど、名前で呼んでくれて、お……奥まで響くくらい……刺さった……! 嬉しいっ!」


 灯莉あかりは嬉しくて声が弾む。

 みやびはこの可愛い笑顔を持つ灯莉あかりを大事に、守っていこうと思った。

「最後の言動だけはどうにかならない?」と思ったのは心に留めておき、


灯莉あかり。これからパートナーとしてよろしくな」


 と、結構前に決まっていたことを再度確認するようにみやびは言い、手を差し出した。


みやびくん。わ…わたしの方こそ……よろしくおねがいしますっ!」


 灯莉あかりも手を差し伸べ、みやびの手を握った。


           ♪


 夜、みやびは玄関のドアを開けると


「にぃ!おかえりなさい!」

「ただいま」


 花蓮かれんはパタパタと、スリッパの音を立てながら小走りして玄関まで迎えに来た。

 花蓮かれんは紫色の瞳を持つ、黒髪の短いポニーテールをしている少女。今は制服の上に、花の刺繍が施されているエプロンを掛けており、その容姿は名前の通り可憐だ。


「にぃ、大好き!」


 と、花蓮かれんは嬉しそうに声を出しつつ、ハグをする。


「ご飯できてるから、一緒に食べよ!」

「うん」

「こっちこっち〜」


 みやびは、手を握られたまま、食卓へ連れていかれた。

 食卓の上には花蓮かれんが作った料理が並んでおり、おかずには焼き魚、肉じゃが、豆腐にサラダがあり、さらにデザートとしてホイップクリームが乗っかってるプリンもあった。


「いただきます」

「食べて食べて〜」


 みやびは肉じゃがへと手を伸ばし、ジャガイモを食べる。しつこくない、いつも通りの優しい味がした。


「美味しい」


 と、みやびは素直に感想を言うと、花蓮かれんは自分のほっぺたに両手の掌を左右に乗せ、とても嬉しそうだった。


「にぃのために頑張ったんだよ!後で抱きしめてね!」

「抱きしめるのはダメ!!」

「じゃあ、キスで許すねっ!」

「それもダメっていうよりもキスは……好きな人とするもんだ」

「にぃならいいよ? 私、にぃのことを、とても、とっても、と〜っても大好きだもん!」

「って言ってもダメなものはダメだ」

「にぃのいじわるっ!」


 と花蓮かれんは言いながらぷく〜っと片方の頬を膨らませる。


「あ、そうだ。……東雲しののめさんと一緒にいる機会が多くなると思う」

「……にぃ、それってどう言うこと?」


 灯莉あかりが〈歌姫メロディエスト〉であること。今までそれを隠していたが、これからは共に戦ってくれる〈演奏研修生スタジエール〉が必要で、みやびになって欲しいと頼まれ、それを承諾したことを伝えた。


「〈歌姫メロディエスト〉の中に先輩の名前はないのはそう言うことね」

「ああ、だから東雲しののめさんを入れたら〈歌姫メロディエスト〉は十三人になる」

「意外だね〜、あんなに喋るのが苦手そうな先輩が〈歌姫メロディエスト〉だなんて」

「僕もそう思ったけど、嘘じゃなさそうだった。……まだ確証はないけど」

「そんで、にぃは私たちのを先輩に伝えたの?」

「特に言うこともないからな。今のところは、しゃべらない方が良さそうだ」

「それがいいかも。だって、伝えたら多分拒絶されちゃうよ?」

「もしバレたらその時はその時だ。今はまだ隠せてるから大丈夫だと思う。……ごちそうさま」


 と、食べ終わったみやびはそのまま自分の部屋へと足を運んだ。

 花蓮かれんはいつまでも、みやびが先ほどまでいた席を見つめていた。

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