34:リスナーへ
「……な? 言った通り、凄い動画だっただろ。編集してるって思った人は、もう一度ちゃんと観てくれたらそうじゃないってわかると思うよ」
撮影していた動画をすべて流し終えると、画面を切り替えて再び俺の顔が映るようにする。
最後まで動画を観てくれたリスナーに向けて、その内容は紛れもない本物であったことを改めて主張する。
満足げな俺の様子とは正反対に、コメント欄の流れは異様なまでに早く、みんなが動揺していることが見て取れた。
『いやいや、冗談でしょ?』
『マジだったら通報モンじゃん、ヤラセだよ』
『でも参加メンバー誰もTmitter呟いてない』
『演出に合わせてるんでしょ』
『気持ち悪くなってきた』
『え、生きてるよね……?』
こうなることは予想済みだ。
オフコラボで撮影してきたという動画だったのに、最終的には死体だらけの映像になっていたのだから。
まだ作り物だと信じているリスナーも多いようだが、これが偽物でないことは俺自身が一番よくわかっている。
「きっと信じてくれない人もいるよね。通報した人もいるだろうし、すぐにあの廃校に死体があるってニュースになるとは思うけど」
俺が何もしなくたって、時間が経てば嫌でもこの動画が本物だという証明はされる。
テレビでもネットニュースでも、大々的に取り上げられることだろう。
だがそれよりも、トゴウ様の呪いが本物だという証拠を見せるのが、一番手っ取り早い。
「これを見せたら、もっと信じてくれる人も増えるかな」
そう言って、俺は顔の下半分を覆っていた黒いマスクを外していく。
これまで一度もマスクを外しての動画撮影をしたことはなかったので、リスナーたちはすぐに食いついてきた。
『えっ!? ユージまさかの顔出し!?』
『マジでマスク外すの?』
『あーわかった。今回の企画って顔出しの盛大な前フリだ』
『ユージも遂に顔出しMyTuberの仲間入りか』
ここまできてもまだ、俺の話が嘘だと考えている人間も少なくない。
だが、一度盛り上がったその空気は、俺の顔からマスクが外されたことによって一変する。
『え?』
『えっ?』
『何それ』
『え、怖い怖い』
『特殊メイク?』
『笑えないって』
外したマスクをゴミ箱に投げ捨てると、俺は解放された口元を片手で撫でつける。
そこに”唇が無い”という、違和感を拭いきることはできないのだが。
「ハハ、びっくりした? 残念ながら特殊メイクじゃないんだよね。ほら、擦っても変わらないし。被り物じゃないのもわかるでしょ」
俺は試しに手の甲で口元を思い切り擦って見せるが、当然剥がれ落ちるような特殊メイクは張り付いてない。
ただ本来唇があるはずの箇所は、強く擦りすぎたせいで赤くなっているらしい。コメント欄からの複数の指摘を見れば、鏡で確認するまでもない。
被り物ではない証拠に、シャツの襟元を大きく広げて見せたり、目元や頬など顔中を弄り回す。
『何でそんなことになってるの?』
『特殊メイクの技術も進んだんだな』
『CGとかうまいこと合成してるんじゃない?』
『それが代償なの?』
コメント数はどんどん増えていき、視聴者数も激増しているのがわかる。
それが面白くて笑うのだが、口角も無い俺の顔では伝わらないだろう。
「気づいた人もいるだろうね。そう、これが俺の受けた代償。配信者にとって、口は必須だからダメージはでかかったよ。だけど、お陰でこの動画はスゲー勢いでバズってるはずだから」
そう。俺が願ったのは、最初の希望通りこの動画がバズることだ。
最後まで、どちらを選択すべきか迷いはしていたのだが。
「ユージくんは最後まで、マロのことを殺そうとしてたんだよね!」
『えっ、カルアちゃん!?』
『うそ、本物?』
『ゆきまろって人なんじゃないの?』
『オフパコ失望しました』
画面の横から割り込んできたのは、ゆきまろだった。
カメラに映り込まない位置にいただけで、彼女は最初からここにいたので俺が驚くことはない。
本当なら、彼女を殺してしまいたかった。
メンバーの本性がどうであれ、身勝手な理由で多くの命を奪った上に、俺と共に人生を歩んでいこうとしていたのだから。
けれど、最後の最後で思い直した。なぜなら、最初から最後まで彼女は俺のことだけを見てくれていたからだ。
「俺がゆきまろを殺さなかったのは、彼女だけはずっと、俺の味方でいてくれたことに気がつけたからだ。彼女がしてくれたことは全部、俺のためだった。もう配信者としてはやってけないけど、配信はしなくても生きてはいけるからね」
あれほど望んでいた配信者としての未来も、自分の命には代えられない。
これからは馬鹿げたことに手を出さず、平穏に生きていければそれでいいだろう。
それに俺は、本当にかけがえのない大切な人を見つけることができたのだから。
「あ、ちなみにコレ録音なんだけど、今はまだ喋れてるのが不思議だよ。もう口は無いのにさ。けど、少しずつ舌が回らなくなってきてるから、みんながコレを観る頃には喋れなくなってるんだろうね」
「そう、ユージくんはもう喋れなくなっちゃったんだ。マロも残念だけど……これからは、マロがずーっと傍でユージくんを支えていくからね!」
ゆきまろの頼もしい言葉に、俺は視線だけで感謝を伝える。それだけでも彼女には通じたらしく、俺の手を握ってくれた。
ざわついたままのコメント欄を目で追いながら、俺は続く言葉に合わせて人差し指を立てて見せる。
「それから、喋れるうちにもう一つ。……トゴウ様は、次の”獲物”を探してる。願いを叶えてもらった人間は、その橋渡し役をしなければならないんだ。そうしないと、トゴウ様の怒りを買って呪い殺されてしまうことになる」
『は? 何それ、代償払ったら終わりじゃないの?』
『トゴウ欲張りすぎワロタ』
『じゃあ次の儀式が始まってるってこと?』
『ねえそれどうやって喋ってるの』
視聴者数もコメントも、止まることなく増え続けている。
口コミで広まっているのかもしれない。これで配信を終えるのが惜しくなるほどの数字だが、これほど多くの人間に一矢報いることができるなら本望だ。
「トゴウ様の呪いが移る条件は二つ。まずは、実際に儀式を行った人間から、トゴウ様の名前を聞くこと。それから、トゴウ様に叶えてもらいたい願い事を思い浮かべること」
「ちょー簡単だよね! みんなしっかりお願い事書き込んでくれてたし」
『え……待って』
『俺ら条件整っちゃったよな?』
『冗談だと言え』
『うちらに呪いを移したってこと?』
『ありえないんだが』
このために、俺は儀式を終えた直後に音声を録音していた。
いつまで喋り続けられるのかはわからなかったが、直感が働いたというのが正しいのかもしれない。結果的に、俺は自宅に帰りつく頃には完全に喋ることができなくなっていた。
筆談や合成した音声でも良かったのかもしれないが、やはり直接語り掛ける方が、興味を持ってくれる人間は多いのだろう。
最悪の場合には、ゆきまろに代弁してもらうことも考えたりしていたのだが。
俺の引退配信なのだから、最後まで俺の声で伝えたかったのだ。
「あ。トゴウ様の由来ってさ、実は最初に聞いたのとは違うらしいんだ。呪詛って漢字は、それぞれ”
『災いを祈るとか怖すぎ』
『知らなかった』
『そっちがホントの由来なの?』
『呪いを遂げるって意味もあったりして……?』
「そう。だから、トゴウ様ってお願いを叶えてくれる都市伝説じゃなくて、呪いの神様なんじゃないかって言われてるらしい」
「マロたちにとっては、本物の愛を結び付けてくれたキューピッドだけどね!」
俺の説明を聞いたリスナーたちは阿鼻叫喚だ。
これでもまだ信じない奴はいるだろうが、俺にとって信じてくれるかどうかは問題ではない。
「信じなくてもいいよ。だけど、呪いを移された人間は二週間以内に儀式をやらないと、トゴウ様に呪い殺されるから」
最後にゆきまろからこの話を聞かされた時、本当なら、俺一人で呪いを背負って死ぬ方が良いと考えていた。
少なくとも俺が命を犠牲にすれば、これ以上この場所からトゴウ様という都市伝説が広まることはないのだ。
だが、自分の死を前にして途端に怖くなった。俺も牛タルのように、苦しくて惨い死に方をするのかと。
何より、やっと見つけた大切な人を残していきたくはなかった。
それと同時に、リスナーからのコメントの数々が走馬灯のように脳内を駆け巡ったのだ。
俺が助けを求めた時、リスナーたちは俺の言葉をまともに受け取ろうとはしなかった。
今回だけじゃない。
普段の配信の時だって、少しでも彼らの気に食わないことをすれば、途端に罵声が飛び交った。
彼らにとって俺は配信者というよりも、匿名で好き勝手に攻撃できる都合のいいサンドバッグだったのだ。
中にはそうではない人もいたのかもしれないが、今の俺にとってはどれも皆等しく”文字”にしか見えない。
安全な場所から、心無い言葉を浴びせてくるリスナーたち。
そんな奴らが慌てふためく様を思うと、俺はどうしても自分だけが犠牲になるという選択肢を選ぶことができなかった。
彼らがこの後どうなろうと、俺には関係無い。
だって俺はもう、”ユージ”ではなく”
「それじゃあ、配信終了。頑張れよ、リスナー諸君」
トゴウ様 真霜ナオ @masimonao
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