30:狂気
「ざ、財王……さん……?」
今しがたまで感じていた殺意は途端に消え失せ、俺の思考回路は目の前の状況を理解しようとすることに必死になる。
俺は確かに、財王さんを殺すつもりで攻撃を仕掛けた。
実際、あの一撃が当たっていれば致命傷になっていただろうし、そうでなくとも大きなダメージを与えることは確実だったはずだ。
けれど、俺の振り下ろした机は”当たっていなかった”。
財王さんの頭に当たる前に、彼の頭が弾け飛んだのだ。
まるで、見えない力によって握り潰されたかのように。
「呪い、なのか……? トゴウ様の……?」
明らかに人間の仕業ではない。それは目の前で見ていた俺が、一番よくわかっている。
この教室には俺と財王さんしかいなかったし、第三者がいたとしても彼の頭を弾けさせるだなんて芸当は不可能だろう。
財王さんは最終的には人形探しよりも、俺を殺すことだけが目的となっていた。
それならば、人形探しを放棄したとしてルール違反と見なされたのだろうか?
振り下ろしかけて行き場の無くなった机を、俺は脇に放り投げる。
頭を失って倒れた財王さんの胴体はビクビクと痙攣し、首元の断面から噴き出す血で辺りは染まりつつあった。
「とうとう、俺一人になったのか……」
人形探しも手詰まりで、残り時間ももう無い。
結局誰の願いも叶うことなく、メンバー全員がトゴウ様によって呪い殺されることになってしまったのだ。
目的を失った俺はその場に座り込み、ただ死を待つだけの屍のようだった。
そのはずなのだが。
「ユージさんっ!?」
教室に響いた声に、俺はとうとう幻聴まで聞こえるようになったのかと己の耳を疑う。
けれど、そんな俺の元に一人の人物が駆け寄ってきたのだ。
「な……んで……」
「良かった、無事だったんですね!」
そこに現れたのは、死んだはずのカルアちゃんだった。
俺は目の前の光景が信じられずに、ただ呆然と彼女の顔を見上げる。
「ユージさん、大丈夫ですか? 酷い怪我……! 財王さんにやられたんですか?」
だが、財王さんに殴られた俺の頬に触れる温もりは確かに現実のもので、放棄しかけた意識が一気に呼び戻された気がした。
「きゃっ……! ユージさん!?」
俺は思わず、彼女の身体を強く抱き締めていた。
幻覚などではない。本物のカルアちゃんが目の前にいるのだと、確かめたかったのだ。
驚いていた彼女だが、俺が嗚咽を漏らしていることに気づくと、おずおずと抱き締め返してくれた。
「カルアちゃん……! 良かった……っ、無事で……」
「ユージさんこそ、無事で良かったです。私、ユージさんにもしものことがあったらどうしようって……」
「俺も、カルアちゃんを守ることができなかったって、スゲー後悔してた。カルアちゃん、俺……っ」
これが最後かもしれない。
一度は彼女を失ったと思って、俺は本気で後悔した。その後悔を、もう二度と繰り返すことなんてしたくない。
だから、人形を渡して今度こそ気持ちをはっきり伝えよう。
そう思って彼女から身体を離そうとした時、俺はあることに気がついた。
(何で……)
抱き締める腕を離そうとして偶然触れたコートのポケットに、小さな膨らみがある。
そこで、隠しカメラに映っていた人形の行方を思い出した。
俺の勘違いでなければ、ここにあるのは、俺の人形なのではないだろうか?
「ユージさん?」
それに、俺はさらなる違和感に気がつく。
カルアちゃんが生きていたのは嬉しいが、目の前の彼女の首元には、傷跡など一切見当たらないのだ。
薄暗かったので別の人物と見間違えていたのかとも思ったが、トイレの個室で目にしたのは、間違いなくカルアちゃんの遺体だった。
血糊を使って、死んだふりをしていたのか?
だが、俺を相手にそんなことをする理由がない。身体だって冷たかった。
第一、あれだけ大量に出血していたのに、彼女の服は全然汚れていないではないか。
「……!!」
そこで俺は、ようやくあの時感じた違和感の正体を理解することができた。
薄暗くてはっきりとは見えなかったが、遺体となっていたカルアちゃんと、今日一日行動を共にしていたカルアちゃん。
よく似てはいるが、改めて見ると身に着けている服装が違っていたのだ。
「ユージさん、どうしちゃったんですか? もしかして、他にも怪我をしたり……」
「カルアちゃん……俺さ、三階のトイレで死んでるキミのことを見つけたんだ。だから、俺は財王さんかトゴウ様にカルアちゃんが殺されてしまったんだと思ったんだよ」
「…………」
「なあ、答えてくれよ。あそこで死んでるカルアちゃんは誰なんだ? 俺の人形を持ってるキミは……一体誰なんだ?」
彼女のポケットから抜き取った人形は、やはり俺のものだった。
何か理由があるのかもしれない。あの遺体はトゴウ様による妨害の一種で、本物のように見せた幻だった可能性だってある。
そう自分に思い込ませようとしたのだが、それはすぐに意味を成さなくなる。
先ほどまで”カルアちゃんだった”彼女が、ゾッとするほど表情を失っていたからだ。
「そっか、見つけちゃったんだあ。上手に隠したと思ってたのに」
「隠したって……じゃあ、あれはキミの仕業なのか……?」
「そうだよ。でも、全部ぜーんぶユージくんのためにやったんだからね?」
「俺のためって……どういう意味だよ? そもそも、何でカルアちゃんが二人いるんだ!?」
彼女の言っていることは、何もかもわけがわからない。
カルアちゃんが自分を殺して、それが俺のため? 俺はカルアちゃんの死なんて望んでないし、目の前の彼女が誰なのかわからない。
メンバーの誰もが配信者としての顔を持っているが、これがカルアちゃんの本当の顔だとでもいうのだろうか?
しかし、彼女の言葉は俺の想像のずっと上をいくものだった。
「ユージくん、まだ気づかない? 私、カルアじゃなくてマロだよ」
「マロ……って、え、もしかして……ゆきまろ……?」
「ピンポーン! ユージくんなら気づいてくれるかなって思ってたんだけど、マロの演技力が高すぎたかなあ?」
「いや、ちょっと待てよ……意味がわからない。カルアちゃんがゆきまろって……俺のリスナーのゆきまろとして書き込んでたのが、カルアちゃんだったってことなのか? けど、それじゃあ向こうのカルアちゃんは……」
「もー、ユージくんってば鈍感だなあ。そんなトコも好きなんだけど。コメントを書き込んでたマロは、カルアじゃなくてちゃんとマロだよ」
彼女が何を言っているのかわからない。
どう見たって、トイレで見たカルアちゃんの遺体と、目の前のゆきまろを名乗るカルアちゃんは瓜二つだ。
二人は一卵性の双子だったのだろうか? それならばまだ、理解できるのかもしれない。
だが、ニコニコとした笑顔を浮かべる彼女の顔は、確かにカルアちゃんだというのにまるで別人のように見える。
どうしてこんなにも、彼女が見知らぬ人に思えてならないのだろうか?
「マロはね、トゴウ様にお願いしたんだよ。”カルアにしてください”って」
ああ、今度こそ。
俺は考えることを放棄してしまいたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます