29:残された二人


「見つけたぞゴラァ!! よくもオレをコケにしやがったなクソ雑魚が!! 身の程ってモンを思い知らせてやるから覚悟しろ!!」


「ッ!!」


 映像に夢中になっていた俺は、財王さんが教室の前まで迫ってきていることに気づくのが遅れてしまう。

 追いかけられていた時には、その姿を観察する余裕などなかったが、ドアを開けた財王さんは全身が血に濡れていた。

 怪我をしているような様子もないので、恐らくあれは返り血なのだろう。


「財王さん……アンタ、どうかしてるよ。くだらない願いのために、人殺しまでする必要ねえだろ!?」


「あァ? 何言ってやがんだ、オレがわざわざンな面倒なことするかよ!」


「じゃあその血は何なんだよ!? ダミーちゃんもカルアちゃんも、アンタが殺したんだろ!?」


 この状況で言い逃れができると思っているのだろうか? それとも本気で頭がどうかしてしまったのか。

 少しくらいは残っていてほしいと思った良心も、この人には期待できないのかもしれない。


「カルアも死んだのか。こいつはダミーの返り血だが、アイツは呪いにやられたんだよ。オレの目の前でいきなり身体を切り裂かれやがった」


「そんなの……目撃者がいないんだから、何とでも言い訳できる」


「ハッ! そういうテメエこそ、その血は何なんだよ? カルアをったのは自分なんじゃねーのか?」


「っ、違う! これは、彼女の遺体の上に転んでついたもので……」


「”目撃者がいないんだから、何とでも言い訳できる”……よなァ?」


 俺の言葉をそのまま返してくる財王さんに、言い返すことができない。

 俺がやったわけではないことは、俺自身が一番よくわかっている。だが、彼の言うようにそれを証明する術がないのだ。


「……人形は、見つけられたんですか」


「残念ながら、どっかのクソ野郎追い回してたせいで無駄な時間食わされちまってんだ。頼むから一発ブン殴らせろ」


「俺を殴ってる時間も惜しいんじゃないですか?」


「こんな残り時間じゃ人形も見つからねえ。……だが、最後の一人になりゃあトゴウは願いを叶えてくれるかもしれねえだろ?」


「そんな話はルールにないですよ。人形を見つけられなければ、全員死ぬだけだ」


「無いとしたって、試してみる価値はあるかもしれねえだろうが」


 願いを叶えてもらうことができるのは、たった一人。

 確かに人形を見つける時間が無いのなら、その可能性に賭けてみるのもアリなのかもしれない。


「そこまでして……くだらない願いを叶えることに固執する理由って何ですか? 俺にはどうしたってアンタの考えが理解できない」


「バーカ、MyTuber界のトップになんざ興味ねえよ。オレが欲しいのはな、使いきれねえほどの金だよ。カネ」


「金って……そんなの、財王さんなら……」


「どうせオメエは死ぬんだから特別に教えてやる。あんな動画は全部嘘っぱちだ。元から金なんかねえし、再生数稼ぐために今じゃ億の借金してる状態だ」


「借金って……じゃあ、金持ちに見せるために無い金作って散財してたってことですか?」


 それだけの借金があって、今もなお大金を使う動画を上げ続けている。

 つまり、視聴者にバレずに借金を全額返済するためには、もうトゴウ様の力に頼るしかないところまできているということなのか。


「どっちにしろ……くだらねえ……借金なんて、自分の責任じゃないか」


「オイ、今なんつった?」


「くだらねえって言ったんだよ!! そんな願いのために、四人の命を犠牲にしていいわけないだろ!!」


「正義ぶってんじゃねーよ。テメエが何と言おうが力勝負じゃ俺に勝てねえんだから、素直に従った方が苦しまずに済むぜ? 痛ェのが好みだっつードM野郎なら話は別だがよ」


 ボキボキと指を鳴らして俺を威嚇してくる財王さんは、確かに俺よりずっと強いだろう。

 だが、こんな人間を相手に黙って殺されることなんてできるわけがない。


 ただ幸せになりたかった牛タルとねりちゃん。

 怖がりだけど最後まで俺を支え続けてくれたカルアちゃん。

 ダミーちゃんだって、ブッ飛んではいたけど根はきっと悪い子ではなかった。


「俺はたとえ刺し違えたって、アンタの願いだけは絶対に叶えさせない」


「言うじゃねえか、クソ雑魚が。望み通り死ぬほど後悔させてやる」


 そう言うと、財王さんは俺目掛けて拳を振り下ろしてくる。

 間一髪でそれを避けることができたが、態勢を崩してしまった俺は分が悪い。

 続けざまに俺を踏みつけようとした足に目掛けて、傍にあった椅子を咄嗟に蹴りつける。


 財王さんの蹴りを受けた木製の椅子は、メキメキと音を立てて割れてしまった。

 古く劣化していたのであろうとはいえ、蹴りで椅子を破壊できるものなのか?


(あんなの、まともに食らったら間違いなく終わる……!)


 俺は腰が抜けそうになりながらも、どうにか机にしがみついて立ち上がることに成功する。

 素手で勝てる相手ではないと判断して、手近な椅子を手に取るとそれを武器に戦おうと試みた。


 けれど、向けた椅子の脚をあっさりと掴まれてしまい、俺は椅子ごと投げ飛ばされてしまう。


「弱ェなあ、貧弱すぎて話にならねえ。逃げ足だけは認めてやるが、オレとタイマン張ろうとしたのが運の尽きってやつだな」


 机の角に脇腹をぶつけた俺は、とてつもない痛みに背を丸めたまま動けなくなってしまった。

 吹き消せなかったロウソク。それを置いた机もまた、謎の力に固定されて動かすことができないようになっているらしい。

 そのせいで、余計にダメージを食らったのだろう。もしかしたら、肋骨が折れているかもしれない。


 財王さんが近づいてくるのがわかるが、この場から逃げ出すのは無理だ。

 無造作に髪を鷲掴みにされた俺は、頬に大きな拳の一撃を食らう。


「グッ……!!」


「ダミーみてえに黙ってオレに従っときゃいいものを、余計なことばっかしやがって。大体テメエは前から気に食わなかったんだよ! 雑魚のクセに一丁前にMyTuberなんざやりやがってよ!!」


「ぐあっ!!」


「テメエみてえな底辺の底辺はなァ、家に引きこもってママの飯でも食いながら大人しくゴミ動画上げてりゃいいんだよ!!」


 何度も殴られる俺の頬は赤く腫れ上がり、唇や頬の内側が切れたようで口内に鉄の味が広がる。

 人に殴られるのは生れて初めてだ。できれば、一度だって経験したくはなかったが。


 殴られる衝撃で脳ミソが揺さぶられるようだ。

 このままでは、本当に殺されてしまう。


 殴られながらも自由な手を動かした俺は、掴み取った何かを財王さんの顔面目掛けて投げつけた。


「うわっ!? クソ、何だこれ気持ちワリィ!!」


 驚いた財王さんは髪を掴んでいた手を放して、両手で自身の顔を払っている。

 俺が掴んだのは、どうやら椀に入っていたうじ虫だったらしい。

 触れてしまったことを気持ち悪いと感じている暇もなく、俺は何も乗っていない机を持ち上げるとそれで財王さんの頭を力一杯殴りつけた。


「がぁッ……!?」


 うじ虫に気を取られていた財王さんは、俺の攻撃をモロに受けてその場に倒れ込む。

 側頭部からは血が流れ出していたが、それを気遣う理由は俺にはない。


「クソ雑魚にやられるのって、どんな気持ちですか?」


「ブッ殺してやる……っ!!」


 この状況でもまだ殺意を見せる財王さんは、何があっても敗北を認めるということをしないのだろう。

 これで俺も殺人犯になってしまう。けれど、そうしなければ俺が殺されてしまうのだ。


 だからこそ、俺は躊躇なくその頭を目掛けて机を振り下ろした。……はずだった。


「…………え?」


 目の前で財王さんの頭は弾け飛び、降り注ぐ肉片と血液が俺の頬を生温かく汚したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る