28:最悪の事態


 今日だけで、死んだ人間を立て続けに三人も見てきた。

 言い方は悪いかもしれないが、今は人の死で動揺しているだけの時間の余裕などない。

 だが、その相手がカルアちゃんとなれば話は別だ。


「うそ……嘘だろ……? 冗談だよな? なあ、カルアちゃ……ッ、ぐえ!」


 身を乗り出して彼女に手を伸ばそうとした俺は、バランスを崩してそのまま隣の個室に落下してしまう。

 狭い個室の中なので、必然的に彼女の上に落ちてしまった俺は、慌てて身体を退けようとする。

 だが、身体を伝う血がぬるついていて思うように立ち上がれず、少しばかり苦戦した。


 扉が開かなかったのは、内開きのそれをカルアちゃんの身体が塞いでいたからだ。

 触れることは躊躇ためらわれたが、重くなった彼女の身体をどうにか抱き上げると、そっと移動させて扉を開ける。

 出血量を見れば明らかだが、氷のように冷たい身体はもう手遅れであることを伝えていた。


「どうして……まさか、アイツが、財王さんがやったのか……?」


 俺のことを見つけられなかった財王さんは、校舎の中を血眼で探し回っていたはずだ。

 隠れろとメッセージを送りはしたが、既読がつかなかったのは彼女がそのメッセージを見ていなかったからということになる。

 首の切り傷は明らかに人の手でやられたもののように思えるが、カルアちゃんがここで死んでいるのは不自然でもある。


 俺はずっと、財王さんに追われていた。

 体育館を出て真っ先にここに駆け込んだのだから、財王さんが後からここに来てカルアちゃんを殺害するのは不可能だろう。

 そんなことをすれば物音で気がつく。たとえ他の場所で殺害して、遺体をこの場所に運んだとしてもだ。


「なら……トゴウ様の呪いなのか?」


 しかし、それも不自然ではないだろうか? 逃げ回ることはしていたが、人形探しを諦めたわけではない。

 彼女の人形を隠したのは俺ではないのだから、見つけたことを伝えるのもルール違反にはならないはずだ。


 妨害をされることはあったが、ルールという縛りがある以上、トゴウ様が気まぐれで手を下すとも考えにくい。

 それに、直感的に感じているこの違和感の正体は一体何なのだろうか?


「こんなの……わかんねえよ……」


 考えたところで、結果は変わらない。

 カルアちゃんがこの儀式を終わらせるための唯一の希望だった。その彼女が、死んでしまったのだ。

 俺たちはもう、呪い殺されるのをただ待つしかない。


「いや、まだだ……まだ終わりじゃない」


 諦めかけた俺の背中を押したのは、血で染まり沈黙するカルアちゃんの姿だった。

 最後まで前向きに、この呪いから逃れようとしていた彼女に、俺は何度も励まされた。

 俺がここで諦めてしまったら、カルアちゃんも、他のメンバーたちの犠牲も無駄になってしまう。


 彼女に向かって両手を合わせてから、俺はカルアちゃんのコートのポケットを探る。

 そこに俺の人形があったりしないだろうかという期待からだったが、そんな場所に隠すはずもない。

 微力でも武器になればと思ったのだがナイフは見つからず、ポケットの中にはハンカチとリップクリームだけが入っていた。


「カルアちゃん……俺、行くよ。絶対に自分の人形を見つけてみせる。だから、もう少しだけ待ってて」


 言葉を返すことのない彼女にそう告げて、俺はそっと扉を閉めた。

 ポケットからスマホを取り出すと、画面の操作をする。表示した録画アプリの再生画面には、俺の顔が映し出されていた。


『……と、これでちゃんと映ってるか? よし、大丈夫そうだな。スマホにもちゃんと届いてる。動画の成功はお前にかかってるんだから、頼むぞ~』


 カメラに向かって話しかける俺は、こんな惨劇が起こることを知らずに隠しカメラのチェックをしている。

 そこで一度画面が暗転し、次に映った画面は大きくブレていた。

 これは俺が、人形をリュックから取り出す際のものだ。そこから視点は天井に固定となり、人形を取り囲む俺たちの姿が見切れている。


『トゴウ様、トゴウ様。盛物を致しますので、どうか願いを叶えてください』


 そうして儀式を始めた俺たちは、一人ずつ人形を手に取っていく。

 俺の人形を手に取ったのは、もちろんカルアちゃんだ。カメラがあるなんて知らないカルアちゃんは、当然映りのことなんて考えてはくれない。

 彼女の胸元が近づいてきたかと思うと、画面は真っ暗になってしまった。

 恐らく、俺の人形は彼女に抱き締められる形となっているのだろう。


『…………と、……ね』


「……ん?」


 カルアちゃんが何かを言ったように聞こえたのだが、音声が小さくて聞き取れなかった。

 場面を少し戻して音量を上げてみようとした時、外ではっきりと物音が聞こえて、俺は反射的に停止ボタンをタップする。


「ユージィ! いい加減出てこい、今出てくんならさっきまでのことは水に流してやってもいいぞ!! ただし今すぐに出てくることが条件だ!!」


「……嘘ついてんじゃねえよ」


 財王さんが元々威圧感のある声をしていることを差し引いても、水に流そうという人間の声色ではない。

 のこのこと顔を出した瞬間、俺の顔は彼の握力で粉砕されてしまうかもしれない。

 実際そんな握力があるのかはわからないが、少なくともそんな想像をさせられるくらいには、殺気立っているのを感じ取れた。


 とりあえず、万が一の時の証拠となる。俺がもし財王さんを殺してしまったとしても、正当防衛を主張できるよう動画の撮影は続けておくことにした。


「ここかァ!?」


 男子トイレのドアを蹴り開けたらしい音が、派手に響く。

 このままいけば、次は確実に女子トイレの方を探しに来るだろう。迷っている時間はない。

 俺はできる限り静かに素早く女子トイレを出ると、そのまま階段を駆け下りていく。


「チッ、そっちに隠れてやがったのか!! 待てこのカマ野郎!! もう逃がさねェぞ、どこまでも人をおちょくりやがって!!!!」


 駆け下りる足音で俺の存在に気がついたらしいが、声が聞こえた時にはもう俺は二階の廊下を走り出していた。

 また身を潜めるべきかと思ったが、万が一の可能性に賭けたかったのだ。

 ルールの抜け穴を突いたカルアちゃんが、俺の人形をあの教室に置いてくれていることを。


 滑り込んだ教室の中は、カルアちゃんと人形探しをした時と変化していなかった。

 ロウソクの立てられた机の上も見てみたが、残念ながら俺の人形が置かれている、なんて都合のいい展開にはならない。

 おまけに、ロウソクはあと十分と持たずに燃え尽きてしまうことだろう。


 結局俺は、何も成し遂げられないまま全員の命を奪ってしまうのか。


「いや……まだ時間はある」


 十分しかないと捉えるか、まだ十分残されていると捉えるか。

 犠牲になったメンバーが生き返るかどうかは、俺の踏ん張りにかかっているのだ。

 その事実だけが、俺を突き動かす。


「ユージ!! どこだァ!?」


 財王さんの声が近づいてくるが、俺が教室に入るところまでは視認できなかったのだろう。

 今のうちにと動画を再生した俺は、リスクを承知でスピーカーの音量を上げる。

 カルアちゃんが俺の人形を抱き締めたシーンだ。


『……もうすぐ……だけのものになるね、ユージくん』


「え……? これって、カルアちゃんの声……だよな?」


 音質が悪いとはいえ、聞こえる声は確かにカルアちゃんのものだ。

 けれど、彼女は俺を『ユージさん』と呼ぶ。そこに不自然さを感じはしたが、続く映像に俺は驚いた。


 彼女の胸元から離れたと思った人形は、そのままカルアちゃんのコートのポケットに入れられたのだ。

 映像を先送りしても画面は暗いままで、録画可能時間を過ぎたために途中で停止となってしまう。

 だが、この映像が確かなのであれば、俺の人形はずっとカルアちゃんのポケットの中にあったということになる。


 ……けれど、それはおかしくないだろうか?


(俺……確認したよな、ポケットの中……)


 トイレの中で血まみれになっていたカルアちゃんのコートを、俺は確かに探したのだ。

 だとすれば、俺の人形はどこに消えてしまったというのだろうか?

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