31:トゴウ様
「カルアちゃんにしてくださいって……何だよそれ? だって、トゴウ様の儀式はまだ終わってないだろ。願いを叶えるためには、自分の人形を燃やさないといけないんだから」
そうだ、俺のコートのポケットにはまだ彼女の……カルアちゃんの人形が入っている。
願いを叶えてもらったというのなら、この人形は彼女の手によって燃やされていなければおかしいはずなのだ。
「ユージくんたちの儀式はまだ終わってないよ。だけど、マロの儀式はマロが成功させたの。だから、トゴウ様はマロのお願いを叶えてくれたんだよ!」
「ゆきまろの、儀式……?」
彼女はまるで、今行われている儀式は自分には関係がないものであるかのような口ぶりで話す。
それを聞いた俺はますます混乱しかけたが、ふと、視聴覚室で目にした光景が脳裏を過ぎる。
自分たち以外にも、トゴウ様の儀式を行ったグループは過去に存在していた。
彼女の言うことが事実なのであれば、俺たちがこの儀式を行う前に、ゆきまろはトゴウ様の儀式を成功させていたということなのか?
「マロの仲間はみんな呪いで死んじゃったけど、マロが最初に人形を燃やしたからお願いが叶ったんだ。本当はユージくんと結ばれるってお願いにしたかったんだけど……それじゃあダメだと思ったから」
「俺と結ばれる……?」
「ユージくんはカルアのことが好きだったでしょ? マロ、すごく悔しかったけど……自分の顔が嫌いだったし、可愛くなってユージくんとも結ばれたら一石二鳥! だから、カルアにしてってお願いしたんだよ」
酸素が薄いわけでもないのに、自然と呼吸が浅くなっていくのを感じる。
彼女の説明している内容はわかる。わかるのだが、理解することを頭が拒んでいるのだ。
「でもね、マロはカルアになれたけど、本物のカルアがいなくなるわけじゃなかった。だから、まずはカルアを殺すことにしたんだあ」
「殺すって……じゃあ、あのカルアちゃんの遺体はまさか……!」
「大変だったけど、マスクを被ってダミーちゃんのフリをしたらあっさり引っ掛かってくれたよ。もっと時間があったら、絶対見つからないように土にでも埋められたんだけど。ユージくんが思ったより早く来ちゃったから」
あんな場所に隠して、誰かが見つける可能性の方が高かったのではないだろうか?
……いや、人形の隠し場所を探す上で、苦労してまで開かない扉を開けようとは考えなかったのかもしれない。
現に俺だって、流れ出した血が無ければ気づかずに素通りしていただろう。
「でもね、それだけじゃないよ。ホラ」
「……!!?」
カルアちゃんの姿をしたゆきまろが取り出したのは、財王さんの人形だった。人形の頭はクシャリと歪んでいて、まるで握り潰された後のようだ。
さらに、ダミーちゃんの人形まで持っている。こちらは胴体部分が刃物で斜めに切り裂かれているようだった。
その二つの人形を見て、俺はとてつもない恐怖を感じた。
そんなことはあり得ないと思うのに、信じたくない事実が確信に近づいていく気がする。
恐る恐る自身の手元にある自分の人形を見下ろしてから、震える声で彼女に問いを向けた。
「まさか、この分身人形って……持ち主の命と繋がってるのか?」
「大正解~!!!! あ、ねりの人形もね。見つけて頭を一回転させといたんだけど、暗くて気がつかなかったでしょ? アレ見つかった時、マロは内心ヒヤっとしたんだあ!」
楽しげに語るゆきまろの感覚が、俺には到底理解できない。
分身人形は持ち主と繋がっていて、その人形に危害を加えれば持ち主も同様に傷つけられることになる。
それを理解した上で、ゆきまろは人形に手を下した。
それはつまり、明確な殺意を持ってメンバーを殺していったということだ。
「トゴウ様の呪いじゃ……なかったのか……」
「ん~、ルール違反になったのは牛タルだけだったね。みんなより先に人形見つけるの、すっごく大変だったんだよ?」
「何で……どうしてみんなを殺す必要があったんだ? お前の願いはもう叶えてもらったんだろ。だったら、そもそもこの儀式に参加する必要だってなかったじゃないか」
「マロはね、参加しないとダメだったんだよ。だって、ユージくんを独り占めにしたかったから」
ゆきまろは、自分の人形を持つ俺の手を取る。
他のメンバーのように殺されるかもしれないと恐怖が走ったが、彼女は笑みを浮かべるとその人形に口付けた。
「牛タル、ねり、財王、ダミー……それと、カルア。ユージくん、個人配信以外はいつもこのメンバーと遊んでたよね」
彼女の言う通り、俺が配信をする際に集まるメンバーは、いつもこの五人だった。
配信上にしか親しい者のいない俺にとって、彼らは仲間であり大切な友人でもあったのだ。
「だからね、トゴウ様の儀式をやるならユージくんはこの五人を集めると思ったの。全員いなくなれば、ユージくんにはもうマロしかいないでしょ? だからね、ユージくんが生き残れるようにマロ頑張ったんだよ」
その言葉を聞いた俺は、とてつもない嫌悪感を堪えきれず、彼女から離れて胃の内容物をすべて吐き出してしまった。
「オエッ……! ゲェッ!!」
「ユージくん、大丈夫? ここ、ちょっと臭うもんね。マロも気持ち悪くなるのわかるよ」
狂ってる。
この女は、狂っている。
俺を独占するという、ただその目的のためだけに、五人もの人間を殺したというのか。
五人だけじゃない。トゴウ様の儀式をしたというなら、そのメンバーの命をも奪っているのだ。
だというのに、まるで無邪気な子供のように彼女は笑っている。
もしかしたら、あの視聴覚室で映し出された儀式は、ゆきまろが行ったものだったんじゃないだろうか?
だとすれば、こちらを睨みつけていた三人は……願いを叶えて生き残ったゆきまろのことを睨んでいたのではないのだろうか?
「そんな目的のために……俺に、トゴウ様の儀式をやるように連絡してきたのか」
「そんなって、酷いなあ。マロとユージくんの将来のためだもん。ほら、時間が無いよ! 早くお願いしないと、”動画がめちゃくちゃバズりますように”って!」
「……そんな話を聞かされて、俺が本当に動画をバズらせるなんて願いを叶えてもらうと思ってるのか? 俺の願いは、みんなが生きてる儀式の前に戻ることだ」
動画なんかどうだっていい。儀式の前に戻れるのなら、それだけで十分だ。
そう思って人形をロウソクの火へと近づけたのだが、ゆきまろが俺の腕を掴んで制止してくる。
「離せよ、お前の指図は受けない……! 俺の願いを決められるのは俺だけだ!」
「いいよ、ユージくんの好きにして。だけどイイコト、教えてあげようと思って」
時間稼ぎのつもりかと思ったが、俺が願いを叶える前にロウソクが燃え尽きてしまえば、俺は死ぬことになる。
彼女の言うことが事実なのだとすれば、ここで俺が命を落とすことは望んでいないだろう。
これがでダミーちゃんのような人物だったなら、死後の世界で俺と永久に一緒にいたいなんて言い出すのかもしれないが。それなら最初の儀式で、彼女はそう願っていただろう。
「トゴウ様はね、死んだ人を生き返らせてはくれないよ」
「何言って……ハッ! そんなデタラメ、はいそうですかって信じると思うのか?」
「信じなくてもいいけど、事実なんだもん。トゴウ様がどんなお願いでも叶えてくれるっていうのは、儀式をさせるための方便だよ。何でもかんでも叶えてくれるなら、何回だってやり直しができちゃうよね。だから、トゴウ様には裏ルールが存在してるんだよ」
「裏ルール?」
「そう。知らなくても問題ないけど、知らないと損する裏ルール。……聞いとかないときっと、ユージくんは後悔すると思うけどなあ」
そう言って可愛らしく微笑む彼女の顔は、俺にはまるで悪魔のように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます