21:仲間割れ


「ダミーちゃん……! こんなところにいたのか!」


「死んだってことは、呪われたんだよネ? 牛タルもルール破っちゃったんだ」


 牛タルの死の報せを聞いても、ダミーちゃんの反応は変わらない。

 あの死に様を目の当たりにしたこともあって、俺たちが動揺しすぎているのか?

 ダミーちゃんの反応は変わらないどころか、なぜか嬉しそうな様子にすら見えるのは気のせいだろうか?


「なあ、ダミーちゃん。ねりちゃんが死ぬ前、トイレで人形見つけてたよな? あれ、もしかして持ち出したりした? 探しに行ったけど、どこにも無かったんだ」


「人形? 見つけたけど、何でダミーがわざわざ持ち出すワケ? 探してんのはダミーの人形だし、他の人形とか関係ないジャン」


「やっぱり、ダミーちゃんじゃないのか……じゃあ、やっぱりトゴウ様が……?」


 もしかしたらと思ったのだが、やはりダミーちゃんが持ち歩いているわけではないようだ。

 財王さんが見つけたわけでもないだろうし、そうなるとやはりトゴウ様の妨害と考えるべきなのかもしれない。


(というか、それこそルール違反じゃないのか? 隠した人形を見つけるルールなのに、その隠し場所を動かすなんて……)


 文句を言ったところで、トゴウ様が人形を返してくれるわけではない。

 俺は気を取り直して、ダミーちゃんに向き直る。


「それならさ、ちょっと協力してくれないか? カルアちゃんが俺の人形の隠し場所を知ってるから、それを聞いて俺の所に持ってきてほしいんだ。それならルールの穴を突いて願いを……」


「なんで?」


「なんでって……そうすれば、この儀式を終わらせることができるからだよ。ダミーちゃんだって、こんなことから早く解放されたいだろ? 残り時間だって少なくなってきてるんだし」


「ん-、却下!」


 しかし、ダミーちゃんはあろうことか俺たちに協力することを拒んできた。しかも、ほとんど考える素振りすら見せない即答ぶりだ。

 まさか拒否されるとは思いもせずに、俺は二の句がげなくなってしまう。


「ユージの人形渡しちゃったらさ、ユージのお願いが叶うわけデショ? それじゃあ、ダミーのお願い叶えてもらえないジャン!」


「俺のお願いって……叶えてもらうのは俺個人の願いじゃなくて……!」


「儀式を無かったことにするって言ってたよネ。それ、ダミーは叶えてほしくないから却下」


「な、何言ってんだよ……叶えてほしくないって、もう二人も死人が出てるんだぞ? 自分の願いとか、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」


 思わず声を荒げてしまうが、まさかここにきて自分の願いを優先するだなんて思いもしなかったのだ。

 ダミーちゃんが自分の願いを叶えるということは、死んだ二人が生き返る可能性は無くなるということなのに。


「ダミーちゃん、自分の言ってることわかってますか? このまま自分のお願いを叶えたら、食物連鎖の二人だけじゃない。残りのメンバーも呪いで殺されちゃうんですよ?」


 そうだ、犠牲になった二人だけではない。この願いを叶えるということは、全員の生死を左右することにも繋がるのだ。

 彼女にはそれが理解できていないのかとも思ったが、続く言葉に俺は己の耳を疑うしかなくなってしまう。


「そんなの、最初っからわかってたジャン? ダミーはダミーのお願い叶えてもらいたいし、他の人がトゴウ様に呪われちゃってもしょうがないデショ。だって、そういうルールなんだからサ」


「なあ、ダミーちゃん……それ本気で言ってるのか?」


「本気じゃなけりゃ、こんな人形探しなんてダリィ真似しねーよなあ?」


 言い合う俺たちの前に現れた財王さんは、手に人形を持っている。

 まさか自分の人形を見つけたのかと思ったのだが、それはよく見れば二年三組の教室に置いてきた牛タルのものだった。


「財王さん……! どうして、その人形を持ってるんですか?」


「オメエらがあの教室で騒いでたのを通話で観てたんでな、ありゃヒデェ死に様だわ」


 俺たちの画面からは、ビデオ通話なんて使い物にならなかったというのに。財王さんの画面からは、教室での様子が確認できていたらしい。

 自分に都合の悪いことをしない人間であれば、妨害などしないということなのか。


「それは牛タルの人形ですよ、財王さんのじゃないです」


「ああ、知ってるよ。試しに燃やしてみたんだが……”燃えなかった”。呪いってやつはマジモンだな。自分の人形じゃねーと、燃やすこともできねえときたもんだ」


 わざわざあの場に行って、死人の人形で試してきたというのか。

 あの場ではそんな考えすら及ばなかったが、まさか他人の人形でも願いを叶えられる可能性を考慮したというのだろうか?


 ダミーちゃんとは違って、財王さんは牛タルの遺体を直接目の当たりにしてきたはずだ。

 だというのに、胸を痛める様子もなければ彼の死を気に掛けてすらいない。

 願い事のことしか考えていないというのか?


「ところで、テメエらが今話してたことは冗談だよなあ?」


「話してたことって……儀式を無かったことにするって話ですか? もちろん、本気ですけど。何か問題がありますか?」


「ハッ! 馬鹿どもが、ンなことさせるわけがねーだろうが!!」


 空気を切り裂くような怒鳴り声に、俺とカルアちゃんは反射的に委縮してしまう。

 まさか、この人もこの期に及んで自分の願いを叶えようというのか。


「MyTuber界のトップになるなんて、そんな願い……人の命と比べるまでもないだろ!?」


「綺麗事抜かすなよ、テメエの願いだって俺と似たようなモンだろうが」


「それはあくまで企画としての話です。こんな状況になった以上、個人の願いなんて叶えてる場合じゃないことくらいわかって……」


「こんな状況だからこそだろうが!?」


 俺は人としてまともな意見を述べているはずなのに、なぜだか財王さんとダミーちゃんにはまるで響いていないらしい。


「こんな状況だからこそって、何を……言ってるんですか……?」


「呪いは本物。つまり、トゴウってやつの存在も本物ってことだ。なら、人形を燃やしさえすりゃあ願いは確実に叶えられる」


「こんな魔法みたいなチャンス、もう巡ってこないよネ。だからダミーも財王も、ユージたちの頼みを聞く理由は無いんダヨ」


「あんたら……狂ってるよ。イカれてる。そこまでして願い叶えて、それでホントにいいのかよ? 人として間違ったことしてるとは思わないのか!?」


 たとえ世界征服できるとしても、一生困らない生活ができるとしても。

 俺には大事な仲間二人を死なせてしまったというこの罪悪感を背負って、自分の願いを叶えてもらうことなんてできない。


 だが、俺とこの目の前の二人の持つ価値観は、どうやら正反対のところにあるようだ。

 互いに顔を見合わせた二人は、まるで新しいおもちゃを与えられた、無邪気な子供のようだった。


「ユージもカルアも好きだけど、ダミーはダミーのことが一番好きだから。ダミーのお願い以外は叶えたくないし、邪魔するなら許してあげないヨ」


「万が一にも先に人形見つけられちまったら厄介だからなあ。悪いが、テメエらには大人しく呪い殺されてもらうぜ」


「ッ……カルアちゃん、逃げ……!!」


 にじり寄ってくる二人から不穏な空気を感じ取った俺は、咄嗟にカルアちゃんだけでもこの場から逃がそうとする。

 けれど、財王さんとの体格差なんて考えるまでもなく圧倒的だ。

 筋肉質な太い腕に首元を圧迫された俺は、抗うこともできずにあっという間に絞め落とされてしまう。


 フェードアウトしていく意識の外側で、カルアちゃんが俺の名前を呼んでいる声が聞こえた気がした。

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