22:監禁


「……う、っ……痛ッ……」


「あ、ユージ気がついちゃったみたいだネ。オハヨー」


 ぼんやりとしていた意識が徐々に覚醒していくにつれて、俺は手首に痛みを感じるようになる。

 何度か瞬きを繰り返していくうちに、薄暗い室内が少しずつ認識できるようになっていった。


 冷たい床に頬が擦れる。どうやら横たわっている状態のようで、そんな俺の顔をダミーちゃんが覗き込んでいるのが見えた。

 痛みを感じたのは手首が縛られているせいらしく、試しに動かそうとしてみてもガッチリと固定されていて自力では解けそうにない。


「ここは……っ、カルアちゃん……!?」


「ユージさん、ここにいます」


 意識が飛ぶ直前のことを思い出して、俺はカルアちゃんの名前を呼ぶ。

 求めた声は思ったよりもすぐ近くから聞こえてきて、不自由な態勢ながら首を動かしてみると、同じように縛られているカルアちゃんの姿を見つけることができた。


「ダミーちゃん、どういうつもりだよ? 早く人形を見つけないと、俺たち全員呪い殺されるっていうのに……!」


「だって、ユージがダミーたちの邪魔しようとするからいけないんだヨ。願い事は早い者勝ちって、最初のルール説明でも決まってたのに。ルールは守らなきゃダメだって教わらなかったのカナ?」


「その時とは状況が違いすぎるだろ……! 大体、願い事を叶えてもらえるのは一人だけなんだぞ? 俺たちを拘束したって、財王さんがいる限りダミーちゃんの願いが叶うとは限らないし、力の差を考えても死ぬ可能性の方が……」


「ダミーのお願い、教えてあげよっか?」


 唐突な話の切り出し方に俺は言葉の続きを飲み込んでしまう。

 カルアちゃんと同じく、ダミーちゃんもまた願い事の内容は秘密にしていたのだ。


 俺たちをこんな風に縛り上げて、人の命まで犠牲にして叶えたい彼女の願いとは、一体どんなものなんだろうか?


「ダミーはね、死後の世界を見てみたいんダヨ!」


「死後の世界……?」


「そう! 生きてるうちは絶対に見られないから諦めてたけど、トゴウ様ならダミーのお願いを聞いてくれる。こんなことホントにあるんだなって、死んだねりちゃんを見た時感動しちゃった! だから、ダミー死ぬのは怖くないんだよネ」


「そんな……」


 それじゃあ、仮にダミーちゃんが自分の人形を見つけられなかったとしても。結果的に、彼女の願いは叶えられることとなる。

 だからこそ、呪いを無効とする目的を持つ俺たちの邪魔はしても、財王さんの個人的な願いを叶えさせない理由にはならないのだ。


 濃いメンバーの中でもかなりブッ飛んでいるキャラクターだと思っていたが、それはMyTuberとして作られた姿ではなく、そのままの彼女の姿だったというのか。

 仲が良いように見えたメンバーの死さえ、喜びに変わってしまうほどに。


「それじゃ、また後でネ。って言っても、次にダミーたちが会うのは死後の世界カナ。楽しみにしてるヨ」


 そう告げる彼女は慈悲の欠片もなく、部屋を出ていってしまった。

 俺が目を覚ました時には財王さんの姿は無かったので、縛り上げたことで役割を終えて人形探しに戻ったのだろう。


「どうしてこんな……カルアちゃん、大丈夫? 怪我とかしてない?」


「私は大丈夫です。逃げようとしたんですけど、ユージさんに火を点けるって脅されて抵抗もできなくて、そのまま連れてこられたので……」


「そうだったのか。けど、乱暴なことをされたりしてないなら良かった。……俺、どのくらい気絶してた?」


「数分くらいです。財王さんが部屋を出たのも、ユージさんが目を覚ますほんの少し前だったので。だから、時間はまだあります」


 縛り上げて転がされている時点で乱暴を受けている気もするが、怪我をしていないというのは幸いだ。

 彼女は申し訳なさそうにしているが、本来なら俺がどうにかしなければいけない場面だった。カルアちゃんが責任を感じる必要など微塵もない。


「とりあえず、抜け出す方法考えないとな。このままじゃ、ホントにあの二人のどっちかが願いを叶えて、俺たちは呪い殺されることになる」


 校内を探し尽くした上で見つからなかったというなら、どのみち死ぬのだとしてもまだ諦めもつく。

 だが、こんな状態であの二人の思い通りにさせることだけは許せない。そんなことになれば、食物連鎖の二人にも合わせる顔がないだろう。


「……ユージさん、ちょっとこっちに来られますか?」


「え? うん、多分……よいしょ……」


 俺とカルアちゃんの距離は、間に人一人分程度の隙間があるくらいだ。

 どうにか身体を捻って動かせば、その距離はすぐに縮めることができた。


「そのまま、私のポケットの中に手を入れられますか? コートじゃなくて、スカートの方なんですけど……」


「えっ!? いや、届くと思うけど……」


 予想外の要求に、俺はあからさまに挙動不審な態度を取ってしまった。

 こんな状況とはいえ、無防備な格好をしている好きな子の、スカートのポケットの中に手を入れるだなんて。本人の許可があるとはいえ、許されることなのだろうか?


「ユージさん、時間がもったいないので早く……!」


「は、はい!」


 だが、俺のそんな心境を知ってか知らずか、催促をしてくるカルアちゃんに観念して俺は不自由な手を伸ばすことにした。

 後ろ手に縛られているので、俺の手がどの辺りにあるのかを目視することはできない。

 最初に触れたのはコートと思われる厚手の生地で、それを捲り上げるようにして両手を進めていく。


「そこ、もうちょっと下の……あっ……! そ、その辺りです」


「ご、ごめん……! あれ、これって……」


 指示を受けながら動かしていた手の甲が、何か柔らかなものに触れた気がする。

 カルアちゃんの反応を聞いてマズイと思ったのだが、そのまま避けようとした手がポケットのふちへと引っ掛かった。


 態勢がきつくて手首や肩がかなりしんどい思いをしたが、指先に触れた固い何かを引っ張り出す。

 それは、恐らく小さなポケットナイフだった。


「それを開いて、私の方に向けてもらえますか?」


「ああ……いや、俺がやるからカルアちゃんが持ってて。うっかり怪我したら大変だし」


「え、でも……」


「いいから、はい」


 そう言って折り畳まれたナイフを押し付けると、カルアちゃんは思案した末にそれを受け取った。

 開かれたナイフの刃に、俺は手首の拘束された部分を慎重に押し付ける。

 少しくらい怪我をしたって死にはしない。それに、チンタラしていてはどのみち命はないのだ。


 そう思って刃を強く擦り付け続けていく。

 小型なのでなかなか思うように切れてはくれなかったが、やがてブツリと音がして俺の手首の拘束が解かれた。


 どうやら、カーテンか何かを破って紐状にしたもので拘束されていたようだ。無いとは思うが、鎖を使われたりしていたらアウトだった。

 刃に擦れて少し皮膚が切れてしまったが、この程度を気にかけている場合ではない。


「よし……! カルアちゃん、今解くからね」


「はい」


 縄で擦れて痛む手首を軽く撫でてから、俺はカルアちゃんの手首を拘束する布の結び目を解いていく。

 寝転んでいた上体を起こすと、折り畳んだナイフをコートのポケットにしまう彼女の姿が目に入った。


「血ィつけちゃってごめん。ナイフなんて持ってたんだね、お陰で助かったけど」


「いえ。管理されてるっていっても廃校だし、不審者がいたりしたら怖いなと思って。護身用に持ってきてたんです」


 俺はそこまで考えが及ばなかったが、女の子は特に身を守ることには気を配らなければならないのだろう。

 現にそのお陰で命拾いしているのだから、備えあればうれいなしというやつだ。


(あのナイフがあったら、ダミーちゃんに紙で指切られなくても済んだんだな……)


 思いのほかざっくりと切られてしまった親指が、思い出したように痛みを訴えてくる。

 だが、呑気にそんなことを考えている時間はないのだ。


「それじゃあ、俺たちも人形探し再開しないとだね。っていっても、今度はあの二人に見つからないようにもしないといけないけど」


「そうですね。でも、絶対に財王さんとダミーちゃんには願いを叶えさせちゃいけないと思います」


「うん、わかってる。絶対に阻止しよう」

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