20:止まない恐怖


「呪いとか、マジで……冗談キツイって……なあ、ユジっち。これ全部演出なんだろ? 都市伝説の検証企画とか嘘で、ホントは俺クンに仕掛けた盛大なドッキリだったんだろ? うわ、見事に引っ掛かってハズすぎだろ!」


「牛タル……」


 とうとう現実逃避を始めた牛タルは、MyTubeで見せるいつものキャラ作りを始める。

 だが、その目元からは止めどない涙が流れ落ちているのだ。

 この場にいる全員が、トゴウ様の呪いは本物なのだと理解していた。


「ユジっち、俺さあ。マジだったんだよ。マジで咲良と結婚して、MyTuberやりながら楽しく暮らしてけりゃいいなって……思っ、ぇ……ぁぁああああああ!!!!」


「どうした、牛タル!? オイ!!」


「牛タルさん……!?」


「熱い……!! あ゛つ゛い゛い゛い゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!」


 涙ながらに未来を語っていたはずの牛タルが、急に尋常ではない叫び声を上げる。

 驚いて傍に走り寄っていくと、牛タルの流していた涙はいつの間にか真っ赤な血に変わっていた。


 熱い熱いと繰り返す牛タルは、その場に留まることができなくなったのか、床の上を転げ回る。

 それをどうにか止めようとするが、動きが激しすぎて近づくことができない。

 何か生臭いものが焼け焦げたような悪臭が鼻をついたかと思うと、やがて牛タルの動きがピタリと止まった。


「ぎゅ、牛タル……?」


 恐る恐る声をかけてみるが、反応はない。

 うつ伏せになったその身体を思い切って反転させてみると、俺は胃液が込み上げてくるのを感じた。


 牛タルは、目や鼻や口、そして耳からも大量の血液を垂れ流している。

 瞳があったはずの場所には何も無くなっており、ぽっかりと開けた口の中には舌も無くなっていたように見えた。

 周囲には血と何かが溶けたような赤黒い液体が飛び散り、彼がもう生きていないことを伝えてくる。


「こ、こんなの……普通じゃない……どうして牛タルさんがこんな……」


「カルアちゃん、見ない方がいい」


「ユージさん……私、こんなの……っ」


 俺は吐き気をこらえてレールからカーテンを引きちぎると、それを牛タルの遺体を覆うように被せる。

 白いカーテンは血を吸い込んですぐに赤黒く染まっていくが、そのままの牛タルを放置しておくよりはマシだろう。

 もう意味の無くなった彼の人形も傍に置くと、俺はカルアちゃんの背を押して教室を出るよう促した。


 廊下の空気はいくらか新鮮なように感じられたが、まだ鼻の奥に焦げ付いたニオイが残っているような気がする。

 あんなにも不快なニオイは、これまで生きてきて嗅いだことがない。

 脳か内臓はわからないが、彼の内側の何かが溶け出すほどに熱されたということなのだろうか。


 どれほど理屈を連ねたとしても、こんなのは人間の仕業ではない。

 頭の悪い俺にだって、その程度のことはすぐにわかった。


「信じたくないけど、やっぱりトゴウ様は本当にいるってことだ。こんな形で確信を持ちたくなんかなかったけどさ……人形探しなんかしたくもないけど、やらないと俺たちもああなるかもしれない」


「わかってます……だけど、一人じゃ怖いので……一緒に行動してもいいですか?」


 不安そうに俺のことを見上げてくるカルアちゃんは、本当ならすぐにでもこんなことはやめたいのかもしれない。

 俺だって、呪われないとわかっていたらとっくにやめている。二人には悪いが、自分の命が大切だ。

 それでも、今はこれ以上の犠牲が出ないうちに、人形を探し出すしかないのだ。


「もちろん、一緒に人形を探そう。まずはルールを破らなければいい。その上で、人形さえ見つけられれば犠牲になった二人も救えるかもしれないんだ」


 牛タルがいなくなってしまったことで、俺に人形を探す術は無くなってしまった。

 一方で、カルアちゃんが隠したのは俺の人形だ。

 第三者がいれば先ほどと同じ方法で人形を探し出すこともできるだろうが、生憎と財王さんもダミーちゃんも居場所を知る手段がない。


 逆に、先ほど探したのが牛タルの人形ではなく俺の人形であったならとも考えたが、トゴウ様からあんな風に妨害を受けるのであれば結果は同じだっただろう。

 それにその場合、あんな死に方をしていたのは、俺の方だったのかもしれない。


(最低だな……友達が死んだってのに、自分が助かってホッとしてるとか。俺は結局、自分が一番可愛いんだな)


 自分が呪いによって死亡する側だった可能性、そしてハズレくじを引かずに済んだことに安堵している自分に対して、ゾッとした。

 俺という人間はこんなにも薄情な生き物だったのか。


「ユージさんは、校舎の中をどこまで探し終わりましたか?」


「俺はざっと調べたのが一階と、二階の西側かな。カルアちゃんは?」


「私も一階と二階の東側は調べたので、それならまだどちらも行ってない三階を見てみましょうか?」


「なるほど、じゃあ三階に行こう!」


 まだ全体の半分ほど調べ残しがあると思っていたが、カルアちゃんが二階の逆側を調べてくれていたのは嬉しい誤算だ。

 自然とねりちゃんの遺体がある東側を避けて、俺たちは西側の階段から三階へと移動をしていく。


「……考えてみればさ、どんな願いも叶えてもらえるなんて、都合のいい話あるはずなかったんだよな。そんな魔法みたいな話なら、みんなとっくに試してるはずなんだし」


 タダほど怖いものはない、などと言いはするものの。

 うまい話が転がってくれば、思わず期待を寄せてしまうのが人間というものなのだろう。

 ましてや俺たちは配信者で、それが事実であろうとなかろうと、食いつけるネタがあればそれを逃す理由などない。


「都市伝説なんて、そういうものなんじゃないでしょうか」


 俺の隣を歩くカルアちゃんは、何かを思うように足元に視線を落としながらそう呟く。


「本当に実在するかどうかわからない。だけど、もしかしたら本当かもしれない。そんな些細な好奇心をくすぐって、自分の領域に人を呼び込む。……都市伝説って、そうやって広まってきたのかなって」


「なるほど……怖いもの見たさなんて言うくらいだし、好奇心を刺激されるのは確かだよな。クネクネとか、きさらぎ駅とか、嘘だろって思いつつ結構調べたことあるし」


「私もです。だから、願い事を叶えてもらえるなんて話を聞いて、その方法が難しくないものなら……やってみたいと思う人の方が多いんじゃないでしょうか? 結果が証明されているものであれば、逆に誰もやらないでしょうし」


 カルアちゃんは、俺のことを励ましてくれているのかもしれない。

 今やるべきことをと考えてはいても、犠牲になった二人のことが頭から離れるわけではない。

 俺のせいではないと言ってくれたが、この状況を作り上げたのは、間違いなく企画を立てた俺なのだ。


「呪いが本当だっていうなら、願いだってちゃんと叶えてもらわないとな」


 一人だけが願いを叶えられる上に、それ以外のメンバーは呪い殺されるなんて、理不尽すぎると思う。

 けれど、だからこそ俺はこの状況を変えなければならないのだ。


「俺たちはルールを守る。その代わりに儀式をする前の状態に戻して、二人が死んだのを無かったことにしてもらうんだ」


「二人って、牛タルも死んだってコト?」


 階段を上がりきった先に立っていたのは、不思議そうな顔をしたダミーちゃんだった。

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