19:抜け穴


「ここに人形が無いってことは、結局自力で探すしかねえってことかよ……! これで願いを叶えるってやつも嘘なら絶対許さねえ!!」


 牛タルが拳で壁を叩く音が、静かな廊下に響き渡る。その音にカルアちゃんがビクッと肩を跳ねさせた。

 本来ならトイレの人形でこの儀式を終わらせることができたのだから、悔しい気持ちは俺も同じだ。見つからない可能性なんて、考えもしていなかった。


「悔しいけど、切り替えるしかない。時間は止まってくれないし、最初と同じように……いや、ちょっと待てよ」


 こうなったらどうにかして人形を探すしかない。

 そう思った時、ふと俺の頭の中にひとつの考えが過ぎった。


 人形探しをしている俺たちだが、隠している人形はそもそも全員で隠したものだ。

 自分の人形の隠し場所がわからずにいるだけで、自分が隠した人形の場所ならば全員が知っている。

 俺たちは三人いるのだから、持ち主以外を経由するようにして人形を渡すことは可能なのだ。


(というか、トイレを探す前に何で最初からそれに気がつかなかったんだよ……!)


 ルール違反になるから、自分からは隠し場所を教えられない。その思い込みで、一番の近道を見失ってしまっていた。

 仮にトイレで人形を見つけられていたとしても、それが財王さんのものであったなら、次は財王さんを探さなければならなかったのだ。


 不幸中の幸いというべきか、俺が隠した人形は牛タルのものであり、ロウソク部屋に隠してある。

 それを牛タルの手で燃やしさえすれば、全部終わりにできるのだ。


「俺が隠した牛タルの人形の場所を、カルアちゃんに教える。だから、牛タルがそれを燃やしてくれるか? そうすれば、予定通りに願いを叶えることができるはずだ」


「俺クンの人形……? そうか、俺の人形はユジっちが隠したんだもんな。トゴウ様が動かしてないなら、隠し場所に人形は置かれたままになってるってことか」


「一応、どこまでがルールに適用されるかわからないから、牛タルはここで待っててくれるか? 万が一、一緒に行動することで俺がお前に教えたって見なされても困るし。人形見つけたらすぐに戻ってくる」


「おう、わかった。気を付けてな」


 本来なら牛タルも連れて教室に向かうのが手っ取り早いが、教える相手がカルアちゃんであったとしても、その場に牛タルがいれば本人に教えたという判定になるかもしれない。

 幸いにもロウソクの火が消えるまでにはまだ時間があるだろうし、用心しておくに越したことはないだろう。


 一階の西トイレ前で牛タルと別れた俺は、カルアちゃんと共に二階へ上がっていく。

 途中でタブレットを確認してみるが、別行動をしている二人の画面は、やはり電波が悪く通信できない状態になっていた。

 辛うじて、動いていることがわかる程度だ。

 離れてしまった牛タルの画面も、やがて同様の状態になってしまう。


「牛タルとの通話も繋がらなくなってる。これってやっぱり、トゴウ様から妨害されてるってことなんだろうな。……カルアちゃん、ごめん。こんなことに巻き込んで」


「どうしてユージさんが謝るんですか?」


「俺がこんな企画考えなかったら、そもそも呪われるようなことにはならなかったし。ねりちゃんだって、あんなことにならずに済んだんだ。今だって、俺がこの場所に集めたせいでみんなを危険に晒してる」


「ねりちゃんのことは……凄く残念です。でも、それはユージさんのせいじゃありません」


「いや、結果的に俺が殺したようなもんだよ。トゴウ様なんて頼らなくたって、ねりちゃんたちの願いは叶うって言ったんだ。人形探しの必要はないって諦めさせたようなもんだ」


 俺があんなことを言わなければ、ねりちゃんは今も人形探しをしていたことだろう。

 牛タルだって、大切な人を失わずに済んだ。

 悔やんだところで今はどうすることもできないが、せめてもの罪滅ぼしとして、俺は牛タルに人形を渡す責任があると思った。


「ユージさん、しっかりしてください!」


「っ!?」


 パチン! と乾いた音がしたかと思うと、次いで俺の両頬にじんとした痛みが走る。

 俺の前に回り込んだカルアちゃんに、頬を叩かれたのだと少し遅れて理解した。


「企画を立ち上げたのはユージさんですけど、私たちがここに来たのはみんな自分の意思です。誰にも強制されたわけじゃありません。だから、気をしっかり持ってください。……ねりちゃんだってきっと、そんな風に思ってないはずです」


「カルアちゃん……」


 そうだ、弱気になっている場合じゃない。

 やるべきことはわかっているのだから、こんなところで立ち止まっている時間はないだろう。


「ありがとう。俺さ、カルアちゃんのそういう前向きなトコ……いいなって思ってる」


「え?」


「……いや、早く行こう。牛タルも待ってるし、こんなこと少しでも早く終わらせないと」


 ”好きだ”と言うことはできずに、俺はカルアちゃんの横を通り抜けて二年三組の教室を目指す。

 怖気づいたわけではない。今は、言うべきタイミングではないと思ったのだ。

 幸せになるはずだった二人の未来を奪っておいて、彼女に自分の気持ちを伝えようだなんて虫のいい話だろう。


(全部片付いたら、ちゃんと好きだって伝えよう)


 俺だって、今にもトゴウ様に呪い殺されるかもしれない。どこまでがルール違反になるかなんて、正確な判断をできるのはトゴウ様だけなのだから。

 そんな状況になって初めて、後悔を残さない生き方をしようと思えた。


 そのためにも、まずは目の前の目的を片付ける必要がある。


 二年三組の教室の扉を開けると、部屋の中央では未だロウソクの火が灯ったままになっている。

 隙間風などで消えていたりしたらどうしようかと、最悪の事態も想定していた。

 だが、消えていたとすればきっと俺たち全員とっくに呪い殺されていることだろう。

 熱せられたロウは燭台に溶け落ちて固まっており、長さは半分ほどまで短くなっている。


「二年三組って、一番最初の部屋……ユージさん、ここに人形を隠したんですか?」


「ああ、意外と穴場かなって思って。思った通り、みんな探そうとはしなかっただろ? ほら、そこのカーテンの裏に牛タルの人形が……」


 俺は教室の後ろ側にあるカーテンの方を指差しながら、カルアちゃんの方を振り返る。

 そうして視界に飛び込んできた光景に、呼吸が止まったような気がした。


「な……んで……?」


 俺の後に続いてきていたカルアちゃん。

 その後ろの、教室の入り口に牛タルの姿があったのだ。


「だ、って……ユジっちが、俺を騙して自分の願いを叶えるって言ってたから……カルアちゃんと二人で生き残りたいって……」


「牛タル、何言って……俺はそんなこと一言も……!」


 否定をしかけて、俺はまさかと思ってタブレットに視線を落とす。

 人形の場所を遠隔で特定させないために、トゴウ様は電波の状態を悪くした。

 それならば、こちらにとって都合の悪い情報を、事実であるかのように流すこともできるのではないだろうか?


「トゴウ様に、騙されたのか……?」


 俺の肘がぶつかってカーテンが揺れる。支えを失って落下した人形を反射的にキャッチすると、牛タルの瞳が大きく見開かれた。

 約束した通り牛タルの人形がここにあったことで、トゴウ様に嵌められたことに気がついたようだ。

 可哀想なほどに震えている牛タルは、何を思ったのかロウソクの方へと駆け出していく。


「オイ、やめろ……!!」


「チクショウ!! 全員呪われちまえばいい!!!!」


 牛タルが何をしようとしているのかを察した俺は声を上げるが、一歩間に合わなかった。

 恨みの篭った表情でロウソクの火を吹き消そうとした牛タルだったが、それは叶わなかった。


 邪魔が入ったわけでも、寸でのところで思い直したわけでもない。

 火が”消えなかった”のだ。


「クソッ、何でだよ!? おかしいだろ!! どうなってんだよこれ!!??」


 火の消えないロウソクなんてものも世の中には存在しているが、残念ながら俺が用意したのは、至って普通のロウソクだ。

 牛タルは酸欠になるのではないかと思うほど何度も火を消そうと試みているが、火は吹かれる度に形を変えるだけで、再び元通りに火を灯し続けるばかりだった。

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