02:ユージ


「と、いうわけで! スゲー気になるトコだけど、キリもいいから今日はこの辺でおしまい! 次は明後日の夜に配信するから、良かったら遊びに来てよ。あっ、チャンネル登録と高評価もヨロシク~!」


 配信終了ボタンを押すと、俺は背凭せもたれに思いきり寄り掛かった。

 使い続けて所々が傷んでいるゲーミングチェアが、ギリシミシリと悲鳴を上げている。


 買い替える余裕があればいいのだが、生憎とそんな出費をしていられるだけの手持ちは無い。

 みっともないので、配信で見える範囲はどうにか自力で補修している。だが、それもそろそろ限界だろう。


「はあ……疲れた……動画編集もめんどいけど、生放送は喋り続けなきゃなんないのがつらいよな」


 配信中のテンションとは一転して、無気力になった俺はぼんやりと天井を見つめる。

 MyTubeマイチューブで配信者として活動を始めてから二年。

 配信をすることにはすっかり慣れたものの、配信を終えた後のどっとくる疲労感にはいまだ慣れることがない。


 俺、干村侑二ひむら ゆうじが配信を始めたのは、自分を変えたいと思ったからだった。

 俺は何を隠そう陰キャと呼ばれる属性の人間で、彼女どころか友達もいない悲しき20歳だ。


 正確には友人がいた時期もあるのだが、思春期になるにつれて思うように人付き合いができなくなってしまった。

 人間関係というものを難しく考えすぎていたのだと思うが、それは今になってこそ思い至れた部分だろう。

 当時の俺にはそんな心の余裕はなく、一人で過ごす時間がいつの間にか当たり前になっていたのだ。


 できることならやり直したいと思っても、俺の都合などお構いなしに進み続けていくのが現実というもの。

 そんな俺が辿り着いたのが、MyTubeというネットの世界だった。


「ユージさん、今日も面白かったです……か。今日もありがてえな。ホントに面白かったんならいいけどさ」


 配信終了後に早速書き込まれたコメントを読んで、乾いた笑いが漏れる。

 名前を覚えるくらい常連と呼べるリスナーはほぼいないが、こんな俺にも追いかけてくれるファンがいるのだ。

 外した黒い不織布マスクをゴミ箱に放り込むと、パソコンの電源を落としてベッドに横になった。


 MyTubeで活動をする俺は、現実世界から逃避をするために、ユージというキャラクターを作り上げている。

 ユージは俺とは正反対で明るく、友人も多く、ユーモアで視聴者を楽しませる人間だ。


 運動はそこそこできたのだが、所詮は素人レベルだ。プロになれるわけでもなく、生きていく上で役立つ場面などなかった。

 一人きりでゲームばかりしていた俺が自慢できるのは、せいぜいゲームの腕前くらいだ。


 それを活かしてゲーム実況を主体に活動しているのだが、二年が経った今ではチャンネル登録者数も五千人目前まで増やすことができた。


 単純にゲームの視聴を目的としている人もいれば、俺のトークを面白いと感じてくれている人もいる。多分。

 コメントと会話をすることも多いので、画面の中の人間から反応があるというのも楽しいようだ。


(明日は朝からバイトだし、寝坊しないようにしないとな……)


 MyTubeの収益化もしているが、それ一本で生活をしていくことは到底できない。

 普段はスーパーで品出しをしながら大学に通っているのだが、間もなく就職活動も始めなければならない年齢だ。


「…………働きたくないなあ……ヒモになりてえ」


 先のことを想像して、思わず本音が口から漏れ出してしまう。

 辛うじてバイトをしてはいるが、バイト先の人間との会話は必要最低限だ。雑談なんてしないし、もしかすると名前もうろ覚えかもしれない。

 だが、就職となれば話が違ってくる。


 コミュニケーション能力は必要になってくるし、嫌な人間とも関わらなければならなくなるだろう。何をするにも責任が伴う。

 そもそも面接を受けるのが嫌だ。働かずに生活をしたい。

 しかし、そんな都合のいい話があるはずもないことだって理解している。


 せめて、配信者として生活できるだけの知名度があれば専業にできるのに。


(就職活動前に、バズって超有名人になれたりしないかな……そしたら動画の再生回数が百万回なんて当たり前になったりして)


 人生は、そう都合良くいくものではない。現に、俺のチャンネルの登録者数は増えるどころか伸び悩んでいるのだから。

 配信を専業としてやっているMyTuberも知っているが、その人たちだって見えない場所で並々ならぬ努力をしている。

 運の要素も絡んでくるとはいえ、それだけで食っていける人間なんてほんの一握りなのだ。


 そんなことを考えていた時、LIMEライムの通知音が鳴った。


「ん……? えっ、カルアちゃん!!? マジ!?」


 放置して眠ってしまおうかとも思ったのだが、送り主の名前を見て俺は反射的に飛び起きる。

 その勢いで手元からすっぽ抜けたスマホをどうにかキャッチすると、震える指先でトーク画面をタップした。


『こんばんは、配信お疲れ様でした! ユージさん、ちょっとご相談なんですけど』


「こ、コラボ……!?」


 そこに書かれていたのは、コラボ配信のお誘いだった。

 リアルでは孤独な俺にも、MyTubeではそれなりに仲のいい配信者はいる。断じて俺だけがそう思っているわけではない。

 そんなメンバーとコラボをすることもあるのだが、今回のそれは話が違った。


「もちろん! ぜひお願いします……!」


 興奮のままに、俺は声に出しながら返信していた。

 俺と同じMyTuberの一人であるカルアちゃんは、身近な物を使ってミニチュアや小物の制作をしている女性配信者だ。


 たまにゲームの実況をしたりもしているのだが、顔出し配信を始めてからは、小物の制作工程を撮影した動画が大人気になっている。

 それもそのはずで、カルアちゃんはかなり可愛い見た目をしている。

 長い黒髪に大きな瞳、雰囲気も清楚さを醸し出している。おまけに胸も大きい。


「ドッキリ……? なわけないか、俺みたいな弱小にドッキリ仕掛ける旨味が無いし」


 一瞬カメラが仕掛けられているのではないかと室内を見回してしまうが、現実を思い出してあり得ないと首を振る。

 カルアちゃんには密かに想いを寄せていたりもするのだが、彼女いない歴お察しの俺だ。アプローチなどできるはずもない。

 だからまさか、彼女の方から一対一でコラボのお誘いがあるとは思わなかった。


『ありがとうございます! 実は、この間ユージさんが気になるって話してたホラーゲームに興味がありまして……』


「なるほど、あのゲームか。っていうか、カルアちゃん俺の雑談枠とか観てくれてるんだ……」


『一人だと怖いので、良ければ一緒に配信してもらえると嬉しいです』


 挙げられたタイトルは、オンラインでマルチプレイができる探索系の脱出ゲームだ。

 一人でもプレイ可能だが、ホラーゲームはやはり怖がる人間がいてこそ、面白さは増すものだろう。


 俺自身は怖がるプレイはできないので、視聴者を楽しませるという意味でも悪い誘いではない。

 何より、カルアちゃんからの誘いを断る理由が俺には無かった。


「カルアちゃんとコラボか……遂に俺にも運が向いてきたかもしれん」

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