03:ホラーゲーム


『こんばんは。突然のお誘いだったのに、今日は来てくださってありがとうございます』


「いや、こちらこそ。誘ってもらえて光栄だよ。今日はよろしくお願いします!」


 カルアちゃんに誘われてから数日後。

 日程の調整をしてすぐに、俺は彼女と突発コラボ配信をするという告知を行った。

 生放送の待機画面には、すでにいくつものコメントが流れている。その多くは、カルアちゃんのリアクションを楽しみにしているようなものだ。


 中にはカルアちゃんに対するガチ恋勢と思われるリスナーからの、アンチ的なコメントも散見される。

 だが、それは見なかったことにして俺は配信の準備を進めていく。

 アンチにいちいち反応していては、配信者などやっていられないのだ。


「カルアちゃんのリアクション、楽しみにしてるリスナーさん多そうだね。俺の方でもコメント凄いや」


『えっ、ホントですか? 恥ずかしいな、できるだけびっくりしないように頑張りたいんですけど』


「いやいや、そこは思いっきりリアクションしようよ。その方が観てる側も楽しいだろうし、それを楽しみに来てる人もいるし」


『そうですかね……? じゃあ、頑張ってびっくりします!』


「アハハ、そこは自然体でいいと思うけど」


 通話をしているだけでも、すでにゲームに対して恐怖を感じている様子がわかる。

 俺の方からは彼女の配信画面は見られないが、きっと不安そうな表情をしているのだろう。


『私は配信準備オッケーです。ユージさんの方はどうですか?』


「俺の方も大丈夫。それじゃあ始めようか」


『はい!』


 お互いの準備が整ったところで、それぞれの配信枠をスタートさせる。


「リスナーのみんな、こんばんは! 今日は告知にあった通り、ブラッディ・エスケープってゲームをプレイしていこうと思う。今日は俺、ユージと……」


『みなさんこんばんは、ユージさんのリスナーさんは初めましての方も多いかな。普段は創作系MyTuberとして活動している、カルアです』


「俺たち二人で、突発コラボ実況をしていきたいと思います。カルアちゃんは怖いの苦手なんだっけ?」


『う~ん、あんまり得意ではないです。けど、やるからにはクリア目指したいので、ユージさんと一緒に頑張ります!』


 前向きなコメントに、カルアちゃんに対して好感度の高いコメントが流れていく。

 中には『カマトトぶるな』『コイツのリアクションわざとらしくて嫌い』なんてコメントもあったりするが、他のリスナーも荒らしと思ってスルーしてくれている。


 知名度が上がれば、それだけアンチも増えるものだ。気にするだけ損だということは、配信する側だけではなくリスナーも理解している。


「それじゃあ早速始めてこうか。……うわ、暗っ。画面ちょっと明るくした方がリスナーさんにも見やすいかな」


『これ、懐中電灯の電池が切れたら何も見えなくなりますね。私も少し明るさ調節します』


 ゲームをスタートさせると、薄暗い洋館の広間のような場所が表示される。

 フリーゲームなのだが、映像のクオリティが高く一人称視点なのがより恐怖を煽る作りになっていた。

 懐中電灯の明かりを頼りに、謎を解いたり必要なアイテムを見つけて、この洋館から脱出するのが目的だ。


「思ったより部屋数多そうだし、手分けして探した方がいいかな」


『じゃあ、私は二階を探索してみるので、ユージさんは一階をお願いできますか?』


「りょーかい」


 俺もその方が効率が良いと思っていたので、彼女の指示に従って近場の引き出しなどを漁り始める。

 カルアちゃんは怖がりではあるようだが、実況の最中にマイナスな発言をすることがない。基本的にポジティブな姿勢がファンからも評価されている部分なのだ。


 俺としても、そんな彼女の性格がとても好ましいと感じている。

 もちろん、外見がドストライクなのもあるのだが。


『あ、地下室の鍵を見つけました!』


「マジ? カルアちゃんナイス……」


『きゃああああッ!!!!』


 テーブルに置かれていたヒントらしき紙を読んでいたところで、アイテムゲットの報告が入る。

 幸先が良いと思ったのだが、続く悲鳴に肩が大きく跳ねてしまった。


「カルアちゃん!?」


『な、何か来てます……! 今追われて、二階の部屋の奥……っ、ひゃああ!!』


 明らかに動揺した声音で必死に状況を説明しようとする彼女だが、悲鳴と共に俺の画面に仲間がダウンしたとの情報が表示される。

 このゲームは単なる脱出を目的とするだけではなく、それを妨害する幽霊が出てくるものだ。

 二階を探索していたカルアちゃんは、その幽霊にやられてしまったのだろう。


『す、すみません……行き止まりでやられました』


「ハハ、大丈夫。蘇生させに行くね、周りにまだ幽霊いる?」


『多分いないと思います。別の部屋の方に入っていくのは見えました』


 俺は一階の探索を中断して、倒れた彼女のオーラが見える二階へと向かうことにする。



『耳取れた』


『カルアちゃんダウン早すぎワロタw』


『鼓膜取り替えてきます』


『アイテム見つけたら隠れた方がいい』



 移動しながらコメントを見ると、やはり淡々と進める俺よりも、カルアちゃんのように派手なリアクションがある方が面白いようだ。

 蘇生は問題なくできたものの、その後探索に戻ったカルアちゃんは、二分と持たず再び幽霊に襲われてしまう。


 そんなやり取りを繰り返しながら、大体二時間ほどでゲームをクリアすることができた。

 俺たちをねぎらうコメント欄を眺めながら、挨拶を済ませて配信を閉じる。どうにか無事にコラボを終えることができたようだ。


「お疲れ様。最初はどうなるかと思ったけど、一緒にやるのスゲー面白かった。良かったらまたコラボしてね」


『こちらこそ、何度も助けてくれてありがとうございました。またぜひ一緒に配信させてください! お疲れ様でした』


 カルアちゃんとの通話を切ると、俺は自分のチャンネルを見て溜め息を吐き出した。

 ゲーム自体は楽しかったし、彼女とのコラボも悪くなかったと思う。

 だが、コラボ前と比較してもチャンネル登録者数は数人ほどしか増えていない。


 ゲーム実況もしているとはいえ、カルアちゃんの視聴者層とは、俺のチャンネルのターゲット層は根本的に違うというのもあるのだろう。


「やっぱ、所詮は作り物ってことかなあ。後半はほとんど作業ゲーだったし」


 ゲームにはストーリーがあるが、わざわざ実況を観る層は実況者のリアクションを楽しみにしている人間も多い。

 これが本物の洋館で、本物の幽霊に追われながら脱出する動画なら、視聴者数はもっと増えるのかもしれない。


 本物の幽霊など用意できるはずもないので、CGで合成するか役者を仕込むことになる。

 その分費用や労力もかかるのだが、それができるからこそ上位のMyTuberたちは伸びていくのだろう。


「いやいや、一人で実写とか無理だわ。何やりゃいいんだって話だし。……とりあえず、雑談でもするか」


 誰にともなく呟いた俺は、そのまま雑談枠での配信を始めることにした。

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