トゴウ様

真霜ナオ

01:引退配信


「リスナーのみんな、こんばんは。突然だけど、動画のタイトルにもあるように、今日で俺はMyTuberマイチューバーを引退しようと思う」


 リアルタイムでの生配信。

 休日とはいえ早朝であるにも関わらず、視聴者の集まりは悪くない。突然の引退というインパクトと、数時間前に告知をしていたのが良かったのだろう。


 開口一番の俺の引退表明に、コメント欄が困惑や憶測でざわついているのがわかる。

 タイトルに書いていたとはいえ、引退だなんて視聴者数稼ぎの吊りだと思った人間も多かったのかもしれない。


 MyTuberマイチューバーのユージとして活動をし始めてから二年。

 こんなにも多くのコメントが書き込まれるのを見るのは、間違いなく初めてのことだ。



『引退って何かやらかした?』


『どうせ引退します詐欺でしょw』


『ユージ好きだったからさみしい、やめないで』


『もしやVTuberに転生ですか』


『引退するなら最後に顔さらせ』



 好き勝手な書き込みが流れていくのを横目に、俺は真っ直ぐにカメラを見つめた。

 カーテンを閉め切った薄暗い室内で、画面の中央には俺だけが映っている。それはいつもの光景だが、これを見るのは今日が最後になるのだ。

 普段は適当なBGMも流しているのだが、今日は映像と俺の音声だけが流れている状態にしてあった。


「最後になるから、とっておきの話をしたいと思ってるんだ。俺が体験してきた、マジで死ぬほどヤバい話。ただ『引退します、今までありがとう』って過去を振り返るだけの動画じゃつまんないだろ?」


 口元を隠すための黒いマスクの位置を直しながら、俺の声音はつとめて明るく言葉をつむぐようにしている。

 怖い話は無理だと去ってしまうリスナーもいたが、『死ぬほどヤバい話』だなんて言われたら、好奇心が勝る人間も多いのだろう。


 中には、どうせ大したことがないだろうから、話し終わったら俺を叩こうと思っているやからもいるに違いない。

 炎上の気配を察知して、最速でネット記事を上げようと準備している人間もいるはずだ。

 自らハードルを上げている以上、そういったリスナーが留まるであろうことも理解していた。


「俺さ、先週とっておきの動画を投稿するって話をしただろ? 今日……日付的には昨日か。その撮影に行ってきたんだ。いつもと違って屋外だから、上手く撮影できるかわからなかったんだけど」


 続報を待っていたというコメントもあれば、今回が初見なので告知を確認しに行ったと思われるコメントも見て取れる。

 俺が初めてやるオフ企画ということで、気に留めてくれていた人も多かったのだろう。



『何時間か前に変な放送流してたよね?』


『あれ観た。やっぱ告知だったんだ最低』


『騙された人挙手』


『話題作りでもああいうの良くないと思う』


『炎上商法に頼るとかユージもオワコン』



 リスナーの中には、少し前に俺の配信した動画を観てくれた人もいるようだ。

 批判的な意見が大半だったが、コメントを拾うつもりもない俺は構わずに話を続けていく。


「リスナーのみんなはさ、『トゴウ様』って都市伝説のこと知ってる? どんな願い事でも叶えてくれるっていうスゲーやつなんだけど。今回のオフ企画では、それが本当なのか実際に試してきたんだ」


 次々と流れていくコメント欄には、示し合わせたかのように『知らない』という文字が並んでいる。

 世の中には都市伝説と呼ばれるものがいくつも存在しているが、俺もトゴウ様のことは知らなかった。まだまだメジャーとはいえない段階なのだろう。



『都市伝説系すき』


『ユージはそのトゴウ様に何をお願いしてきたの?』


『おれも叶えてもらいたい』


『叶えられたん? 結果だけ教えて』


『億万長者になったから引退するとか?』



 興味を示しているコメントは多いが、急かされようがすぐにネタバラシはしない。

 とっておきのネタは、動画の最後まで引っ張るのがセオリーだろう。


「ちゃんと全部教えるよ、スゲー映像も撮れたからそれも観てほしいし。絶対に忘れられない配信になると思う。……みんなはさ、自分だったらトゴウ様にどんな願いを叶えてもらいたい?」


 どんな願いでも叶うと聞けば、大から小まで様々な希望が出てくるだろう。俺だってそうだった。

 思った通り、問い掛けに応じて彼らは自分の願望を書き込み始める。



『やっぱ大富豪』


『不死身になりたい』


『美女ハーレム』


『二次元に行きたい』


『神になる』



 コメント欄はあっという間に色んな願いで埋め尽くされていき、まるで俺自身がトゴウ様にでもなったような気分だった。

 マスクの下でゆるむ口元はそのままに、俺は話を続けることにする。


「ハハッ、みんな叶えたい願いスゲー出てくるじゃん。ん~、先に結果だけ話すとさ、俺の願いはちゃんと叶ったよ。都市伝説なんて胡散臭うさんくさいって思ってたけど、マジで叶っちゃったんだ」



『絶対作り話でしょ』


『証拠出して』


『編集すれば何とでも言えるし証明できなくない?』


『何かの案件?』


『マジなら俺もやりたい』



「配信用の嘘だと思うよな? 逆の立場なら俺だって疑うよ。でもさ、ちゃんと証拠見せるから信じてよ。そのために動画撮ってきたんだし。俺が何で引退する決意をしたのか、その理由も願いが叶ったことと関係してるから」


 そう言って、俺は配信するために準備しておいた動画を流せるよう画面を切り替える。

 一時停止の状態になっているそこには、夕焼けに照らされた廃校の外観が映し出されていた。

 この場所で、俺はトゴウ様に願いを叶えてもらうための儀式をやったんだ。


「端末二つで撮影してきたから時系列順に繋げはしたけど、それ以外の編集はしてないよ。モザイクもカットも無し。CGだって使ってない。……ただ、ちょっとヤバすぎて消されるかもしれないから、今のうちに観ておいてほしい」


 かもしれない、ではなく確実に消される。そのくらいヤバい動画であることは、撮影した俺が一番よくわかっていた。

 だからこそ、リスナーには後回しではなく今この動画を観てほしいのだ。


 いや、観てもらわなければならない理由があるという方が正しい。



『どんだけヤバいのw』


『弟と一緒に観るわ』


『怖くなってきた』


『ユージの顔バレある?』


『ヤバ動画はよ』



 コメントの数はもちろん、視聴者数もどんどん伸びている。五桁近い数字なんて初めて目にした。

 一瞬の躊躇ためらいはあったが、ここまで来たらもう引き返せない。配信を開始した時点で、この動画を流すと決めていたのだから。

 マウスを握るてのひらに、じわりと汗が滲むのがわかる。


「とっておきだからって、引っ張りすぎも良くないな。顔バレは……観てのお楽しみってことで。それじゃあ、再生するよ」


 画面の下部にある再生ボタンにカーソルを合わせて、俺はマウスをクリックした。



「引退する俺への餞別せんべつだと思って、色んな人に共有してくれると嬉しいな」

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