黒いビン

 保健室には、春霞と私の二人だった。先生が職員室に行ってしまって、本当に二人きりだった。

 何故春霞だけが学校に来るのをやめないのか分からないけど、相変わらずぼんやりした視線でソファーに腰かけていた。カーテンの隙間から、春霞を見ていると、彼女はスカートのポケットに手を突っ込んだ。そしてしばらくそのポーズのままでいた。

私はうとうとしてしまい、そのまま眠りに引き込まれていった。

 夢の中で私は、春霞を抱きしめていた。



「…ちゃん、涙子ちゃん。」

「はい?」

 先生に声を掛けられて起きた。随分深く眠っていたみたいだった。もう授業に戻らないといけない時間だったか。寝ている子を起こさなくてもいいのに。それとも、もう下校時間だったろうか。

「すみません。帰りますね。」

「帰ってもいいけど、そうじゃなくて。春霞ちゃん知らない?どこにいるか。」

「私が寝るまでこの部屋にいました。」

「その後は?」

「ごめんなさい、分かんないです。」

「春霞ちゃんいなくなっちゃったの。」

「トイレとかじゃなくてですか?」

「そう、もう三十分も帰って来てないの。」

「探しました?」

「周りをちょっとだけ。いつも全然保健室から出ないのに。」

「授業に出たとか?」

「かもしれないけど…」

「探しますか?」

「お願いして良い?私も探すから。」

「はい。」

 私は校内を歩き回った。トイレ、教室、空き教室、図書室、体育館、校庭…

 春霞はどこにもいなかった。

「涙子ちゃん、いた?」

「いません。」

「私も見つけられなかった。」

「学校から出たんですかね。」

「そんなことしたら誰か気が付くよ。教室の    

 前通らないと、外出られないし。」

「そうですよね。」

「屋上、とかかな…」

「解放されてるんですか?」

「してると思う。行ってみる。」

「私も行きます。」




 果たして、山崎春霞は屋上で露と消えていた。

 彼女の隣に、黒いビンが転がってるのを見たとき、私は彼女も私と同じ思いを抱いていたことを知った。そして、彼女は私より早く境界線を踏み超えてしまった。

 彼女もまた、みんなと違うものを持ち、それを、行動に示したのだ。

 ろくに話したこともないのに、彼女の死が自分の心に乾いた風を吹かせた。

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