母 2
小学生の頃、言われて心から傷ついた言葉がある。
「涙子のお母さんは、涙子のことを思って言ってるんじゃない?」
夏休みに友達と商店街で催されているお祭りに行った時のことだった。その日は雨が降ったり止んだりで、私は浴衣を着るか迷っていた。
ずっと前から浴衣を着る予定でいたのだ。一緒に行く友達がみんな浴衣を着るというから、サイズが合うのを持っていなかった私は、母から罵詈雑言を浴びながらも、何とかして浴衣を手に入れた。
ところが、生憎の雨。
「雨が降ってるなら浴衣はダメ。いくらかかったと思ってるの?」
また、お金の話。私が風邪をひくかもしれないから、とか、冷えるかもしれないから、とか。どうして言ってくれないんだろう。
「着て行きたいなら着て行ってもいいんじゃない?あんただけ着て行って恥かけばいいんだよ。」
なんで、浴衣を着るだけで恥をかくことになるのだろう。
私は母が何を言おうと、雨が止めば浴衣を着て行くつもりだった。だが、雨は降ったり止んだりで、中々決まらない。友達が着て行くなら、母を黙らせられると思って電話を掛けたがつながらない。
「洋服にしなさい。どうせみんな洋服よ。」
迷う私に母が一刀両断で言い切り、私は諦めてシャツにスカートを着た。母に付き添いで来てもらわなくてはいけなかったので、機嫌を損ねて来なくなると、友達に迷惑をかけてしまうからだった。
おとなしく洋服を着て、用意を整えたが、私の目からは涙が止まらなかった。母に色色言われるのに疲弊してしまったのだ。正直、お祭りなんて忘れて一人でいたかった。だが約束があるし、ここで行かない、なんて言えない。
家を出る、となった時に母に言われた。
「いいのね、浴衣着なくて。」
何を言いたいのか分からなかった。私は半袖Tシャツにプリーツスカート、傘を差して、小降りの雨の中、母と歩いた。
約束した友達は、みんな浴衣を着ていた。私は笑顔を張り付けて、精一杯明るい声で話しかけた。
「待たせた?ごめんね!浴衣可愛いね。」
「ありがとう!」
私一人だけが浴衣を着ていないことには誰も触れず、みんなお互いの浴衣を褒めるのに夢中だった。
私は一人だった。
「うち雨降ってるからダメって言われちゃってさ。」
「こんなの雨に入らないって!すぐ晴れるだろうし。」
母への当てつけで言ってみたが、母は友達のお母さんとの会話に余念がなく、聞いていなかった。
友達の誰一人として傘を差していなかった。
私は一人だった。
みんなと商店街の露店を冷やかし始めた時、母に肩をグッと掴まれた。
「ほらね、言った通りでしょ。みんな浴衣着てるじゃない。あんただけね。話にも入れてないし、馬鹿みたい。」
母は私だけ浴衣を着て、恥をかくと言ったのではなかったか。あれほど洋服を着ろと言ったのに。
「そんなこと言われてない。」
私は掠れる声で抗議した。
「何回も言ったじゃない。耳、何のためにあるの?」
あなたの口、私を傷つけるためにあるの?
何も言えないでいると、友達の一人がこちらを見つめているのに気が付いた。当時一番仲が良かった、楓だった。
「楓ちゃん、浴衣似合ってるよ。涙子が強情で。浴衣の話なんだけどね?涙子どうしても着なくて。」
私はあんなに着たかったのに。苦しいのに耐えて買ってもらったのに。私は悪かっただろうか。
「お母さんが色々言うからさ。」
楓が軽く笑った。
「涙子のお母さんは、涙子のことを思って言ってるんじゃない?」
もう何も感じなかった。
ただ、一人になりたかった。
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