母
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
学校から帰ってきて、鞄を部屋に置き、制服を脱いだ。手を洗い、うがいをし、部屋着を着る。部屋で寝転がったところで、母に呼ばれた。
「ちょっと涙子、来なさい。」
私は過去に何度もこの台詞を聞いた。これに続く話は大体が悪いことばかりだ。例えば、私が隠していたことを母が知ってしまった時、とか。
「早くしなさい。何してるの。」
「はい。」
急いでリビングへ行った。私は何を話されるかもう知っている。ぐだぐだして良いことは一つもない。
「今日、学校の先生から電話が掛かって来たの。」
ああ、やっぱり。
「涙子、どうして授業に出てないの?」
先生も、母も、みんな「どうして」と聞いてくる。私だって知りたい。どうしてそんなこと聞くの?
「なんでお母さんに言わなかったの。まるでちゃんと出てるみたいに話してたよね。先生から聞いた時、知らなかったですって返したら、やっぱりって言われたんだけど。お母さん恥かかされたの。」
この間の、夢みたいだった。
「そこに正座して。」
どうして、母親に正座する必要があるのだろう。あなたは、座椅子に座ってくつろいでいるのに。
「どうして嘘をついてたの。」
あなたが怒るから。
「どうして?」
あなたが授業に出られない理由だから。
「ねえ、なんで?」
あなたが、娘が授業に出られないことを心配するより早く、自分が嘘をつかれていたことや、恥をかいたことを怒るから。
「黙ってないで答えろ!」
「ごめんなさい。」
「謝れって言ってるんじゃねえよ。理由を言えよ。」
「嘘をつくつもりはなかったです。」
「じゃあなんで言わなかったわけ。恥かいたんだけど、おまえのせいで。」
私はあなたのせいで授業に出られなくなりました。
「いじめられてんの?」
「いいえ。」
「ならなんでさぼってんだよ。」
さぼってない。
「ごめんなさい。」
「今は中学だから行かせなきゃだけど、これからもさぼるようだったら、高校いかせないから。まずいけないから。金もったいないから。おまえ中卒だよ、中卒。」
「さぼってないです。」
「さぼってんだろ。うっせーよ!」
「すみません。」
「いなくなれ。消えろ。」
部屋に着くと、一気に涙があふれてきた。もっと優しく話してくれてもいいんじゃないかとか、母に話した先生への恨めしさとか。考えるのに疲れてしまって、私はやはり真っ暗な部屋で縮こまっていた。
死んでしまえないのだろうか。母と話すと希死念慮に襲われる。この間訪れてきた黒ずくめを思い出した。
「もらっておけば良かったな。」
あんな非日常的なことが起こったのに、私があまり深く考えないのは、黒ずくめは私の想像の産物じゃないかと思っているから。
普通に考えて、おかしいのだ。知りもしない仮面に黒ずくめの不審者が、自分のことをよく知っていて、真夜中に訪ねてきた。新種のストーカーもいいところだ。
そして、「一瞬で死ねる薬」。そんなものを差し出されて、私はそいつと普通に話した。いや、話してもいないんだけれど。あの、話さないというのも不気味だった。意思の疎通ができたことに驚きだ。
だから私は、黒ずくめは私の弱った心が創り出した架空の存在だと思った。
私はきっと病気なんだ。母が夢で言ったように頭がおかしいんだ。
母が怒鳴り声でごはんと言うまで、部屋で泣き続けていた。
夕食中、母にまた一方的な説教をくらって、心の疲弊が限界だった。保健室登校と何の関係があるか分からないが、風呂に入ることと、寝室で寝ることを禁止されたため、夕食後はまた部屋で寝た。
起きるともう十時だった。何も敷かずに寝てしまったせいで、体のあちこちが痛い。母はもう風呂から出たようで、家中がしんとしていた。周りも見えないほど暗い中で、伸びをして、また寝ようかと思ったところで、ある考えが私の頭をよぎった。
黒ずくめを、探そう。
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