悪夢から覚めても
「涙子、これなあに?」
手には黒いビン。
「何でもないです。」
「一瞬で死ねる薬だったっけ。」
どうしてあなたが知っているの。
「私が仕掛けたんだもの。前からおかしいな
と思ってたんだよね。」
どうして。
「部屋から時々いなくなっていることぐらい知ってたに決まってるでしょ。音がしないから気付いたの。」
どうして。
「こんなの信じるなんてね。死にたいなんて中学生が言いがちなことだけど。」
言いがちってなに。
「あなたはおかしいの。病院に行こう。」
なんで。
「頭の病院よ。うちの娘が狂ってますって。」
嫌だ。
「行くの。あなたは狂ってる。」
おまえの方が狂ってる。
「私に向かっておまえって何。」
狂ってるからおまえで十分。
「おまえは狂ってる。」
私は黒いビンを受け取ってない。
目が覚めたら私は、ふとんの上で、タオルケットで自分の首を絞めていた。怖い夢も見るわけだ。隣で寝ている母を起こさないように、枕元に置いてある時計を見ると、起きる予定より少し早かったが、起きることにした。枕元においた眼鏡を探している間に母が起きた。だが動かない。私がいなくなるまで狸寝入りするのだ。呼吸音と、身じろぎの回数で分かってしまう自分に、ため息をついた。
私は母親が苦手だ。いつでも私を監視して、行動を制限してくるから。母親という笠を着て、絶対服従を要求してくるので、毎日息苦しいのだ。しなくてはいけないことも、やりたいことも、母親中心の生活の中で消えていく。私にとって母は檻だった。私は母に従ううちに、学校の宿題ができなくなった。前までは出来ていたのに。
母が私の時間を奪って、宿題をする時間が無くなったのではなく、精神的な問題で、宿題に取り組めなくなってしまったのだ。
一日の中で、母にやらされていることをやり、理不尽に怒られるだけで、心が疲れ切ってしまって、宿題ができない。真っ暗な部屋の中で何もせず座っていたり、泣いていたりで、宿題に取り組もうと思っても、体が動かない。やり始めても、気がついたらまたぼんやりしている。
そのうち、宿題が全くできなくなってしまったが、事情を先生に説明できなかった。何と言っていいのか分からないのだ。つらくなって授業には出られなくなってしまった。
「体調が悪いので、保健室に行ってきます。」
誰にも怪しまれなかった。私はかなり優秀な生徒だったから。しかし、宿題がある教科は全て出ないようになると、その次の時間も出られなくなり、というようにどんどん出ない科目が増えた。体育や音楽など、宿題が全く出ない科目だけ出るのはおかしい。
ある朝、学校指定のバックを持ったまま保健室に行ってから、私は保健室登校児になった。
保健室では本を読んだり寝ていたりすることもあるが、大体は時間割に合わせて勉強をしていた。宿題も、各科目の先生が担任の先生に渡して、それを受け取ってやっている。試験だってみんなと同じ時間に受けている。成績も悪くない。
担任の先生にも、保健室の先生にも聞かれた。
「どうして授業に出られないの?」
答えられない。幼い時から母について悪く言うことは禁じられていたから。理由を話して、それを母に聞かれたらと思うと何も言えない。
「親御さんを呼んで、話し合いましょう。困っていることも何とかなるから。」
親が原因なので、どうにもなりません。
「母と父には話さないでください。」
それだけはやめて欲しかった。でもいつまでも保健室登校で、親に黙っていられるわけがなかった。
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