「こちら側」2
六時間目終了のチャイムが鳴ってからもう三十分経っていた。部活が無い人は帰っているし、大体の部活はすでに始まっている。
私は図書館に来ていた。この時間が一番すいているから。
小説の棚の前でウロウロして、気に入りそうな本を探したけれど、飽きてしまって、図書館を歩き回っていた。あまり広くないけれど、本棚が高くてこの図書館が大好きだった。
人のいない図書館を、ゼロから十進分類順に歩いて行った。一〇の哲学のところで、見知った後ろ姿に会った。後ろ姿を見知っているというより、その格好で誰だかはっきりわかる。
薄桃色のワンピース。それは宮内鈴ちゃんだった。
制服制の学校で、彼女の私服は目立つから、彼女は休み時間に廊下に繰り出さない。基本的に保健室から一歩も出ないのだ。
「みんな側」の子は、彼女は不登校だと思っている。私も「こっち側」になるまで来ていると知らなかった。
「こっち側」の四人の中で私は彼女を一番好意的に思っている。それは、時たま話しかけてくれるからかもしれないし、彼女がみんなと違う服を着ているからかもしれなかった。
「この時間、すいてるよね。」
「そうですね。」
話しかけられたから無難に返しておく。
「誰かに会いたくないよね。」
「分かります。」
「みんな側」の人には会いたくない。
「私、廊下とか出ないようにしてるから不登校って思われてるだろうし、なおさらね。」
「そんなことないと思いますよ。」
いいえ、私もそう思います。
「やっぱ気まずいよね。」
「ですね。」
私と会ったのも、気まずかったりして。
鈴とこれ以上話すことも無くて、図書館を出ようと思ったら、気が合ってしまったようで、二人して無言で出口まで歩いた。
出入口で上履きを履いていると、イレギュラーが起きた。
「みんな側」の子がいた。
去年、まだ保健室登校になる前、話したことがある、独特な雰囲気を持った子。誰だっけ。名前なんだっけ。誰にでも話しかけるのに自分の世界を持っているこの人が羨ましくて仕方なかった。名前、なんだっけ。
「やっほー。涙子ちゃんと鈴ちゃんじゃん。」
なんでこの子、私の名前覚えてるんだろう。
「久しぶり、優亜ちゃん。」
隣で嬉しそうに鈴ちゃんが返した。そうだ、優亜ちゃんだ。
「鈴ちゃん、何の本借りたの?」
「ハマってるミステリーと哲学本。」
「哲学?おっとなー。」
「優亜ちゃんの方が大人。」
「私は幼稚園児。」
「一四歳の?」
楽しげな笑い声。
どうしてそんな楽しそうに話してるの?
誰かと会いたくないんじゃなかったっけ。不登校だと思われてるんじゃなかったっけ。
あなたは、違うと思っていたのに。
私は上履きを履いて、無表情で楽しそうな二人の横をすり抜けた。
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