秘密

 私は窓から外に出る前に、黒ずくめの仮面被りに言った。

「私から一メートルは距離を置いて。」

 黒ずくめは頷いた。

 窓から窓を渡るのは至って簡単だが、もちろん五階分の高さがあるところだから、落ちたら死ぬかもしれない。死んでもいいのだが、大きな怪我だけ負って、死に損ねると考えるとつらい。突き飛ばされたら落ちてしまうので、距離をとってもらったのだ。

「動かないで。」

 黒ずくめはまた頷く。

 机の上に立って、本棚を跨ぐ。窓につけられている柵で身体を支えて、外に出る。

 窓から外に出る度に、初めてそこから外に出たことを思い出す。あの時も夜だった。とにかく外に出たくて、玄関から出ると気付かれてしまうから、この窓から出たのだ。先に靴を廊下に放り込んで、窓から窓へ渡った時、思ったより簡単すぎて、何故か泣きそうになった。

 黒ずくめは言われた通り、動かずに待っていた。背は私より高いぐらい。知り合いだろうか。

「誰ですか。」

 黒ずくめは首を横に振った。

「何の用ですか。」

 黒ずくめはローブの内側に手を入れて、黒い小さなビンを取り出した。

「これ何?」

 黒ずくめは指を一本立てた。細い指。女性だろうか。

「いち?」

 黒ずくめは頷くと、ウインクをした。仮面の片方の目が瞬いたので、とても驚いた。

「ウインク?いちウインク?」

 首を横に振られた。今度は仮面の両方の目が瞬かれた。

「分かった。まばたきだ。いちまばたき、一瞬。」

 親指を立てられた。

「一瞬で、何?」

 黒ずくめは親指を立てたまま自分の首をなぞった。

「一瞬で、死ぬ。これを飲むと一瞬で死ねます、ってこと?」


 うんうんと頷かれる。子供みたいだ。

「なんで私に?」

 黒ずくめは、私を人差し指で指し、手を祈るように組み合わせ、先程と同じ首を切るマネをした。

「知ってるんだね。」

 黒いビンを差し出してきた。

「もらえない。」

 少しずつ近づいてくる。

「あなたを信用できないの。」

 首を振られる。

「押し付けるなら人を呼ぶ。死に方は自分で考える。」

黒ずくめは肩を落として、私に背を向けた。

「あ、ちょっと待って。」

 黒ずくめは振り返った。

「あなた、話せないの?」

 黒ずくめは人差し指を仮面の口に当てた。心なしか、仮面が微笑んだように見えた。

 秘密。

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