第37話


ぐぅうううううう〜


「ひゃっ!?」


「ん?」


クロとじゃれつく藍沢をしばらく眺めていると、突然藍沢の腹の虫が鳴った。


藍沢が赤面し、俺を見上げてくる。


「に、西村…」


「ああ」


「その…助けてもらった上でこんなこと言うのはずうずうしいってわかってるんだけど…な、何か食べるもの…ないかな…?」


「あるぞ。ちょっと待ってろ」


「…!」


藍沢が表情を輝かせる。


俺は奥へ隠してある食料を取りに行こうとして…足を止めた。


「その前に、藍沢。風呂に入れよ。2階にあるから」


「へ…?風呂?」


「ああ」


俺は藍沢を見下ろしながらいった。


「かなり匂うぞ、お前」


「なっ…」


藍沢の顔がさらに赤くなった。





「…はぐはぐ…もぐもぐ…」


「美味しいか?」


「うんっ!!すっごく!!」


「…そうか」


「西村は食べないの?」


「俺はいい」


俺は目の前で、幸せそうに食事をとっている藍沢を眺める。


風呂に入った藍沢の髪は、しっとりと濡れていた。

すでに水道は止まって水は出ない。


なので俺は比較的綺麗な水を湯船に溜めてあった。


藍沢はおそらくその水を使って体を洗ったはずだ。


ボディ・ソープなども使ったのだろう。


匂いはすっかりなくなっていた。


「…これ、本当に全部私が食べていいの?」


「ああ。問題ない。食え」


「そっか。じゃあ、遠慮なくいただきます」


目の前に並んだ食料を、藍沢は次々に腹の中に入れていく。


ここ数日、まともな食料を食べていなかったせいだろう。


乾き切った者が水を飲むときのように、何処か救われるような感じで食料を貪っていた。


俺はそんな藍沢をぼんやりと眺める。


「…」


なんでこんなやつ助けてしまったのだろうか。


モンスターから守り、自宅へ招いきれ、そして貴重な食料まで与えてしまった。


こんなはずじゃなかった。


まさかこいつがまだ学校にいるなんて思わなかったが、仮にいたとしても助けるつもりなんて毛頭なかったのに。


「…はふはふ…もぐもぐ」


「…」


こいつは本当に信用できるのか。


以前の藍沢だったなら、もちろんノーだ。


藍沢は俺にとって悪魔だった。


自分が助かるために一時的に俺に助けを求めることはあっても、どこで裏切るに決まっている。


そう考えて自ら手を差し伸べることは絶対にあり得なかっただろう。


だが、今のこいつは以前の藍沢とは明らかに違うように見える。


弱々しい態度。


心からのものに見えた、謝罪。


そして、自らの命を犠牲にして俺を逃そうとまでした。


一体何がこいつをここまで変えたのか。


人間は長い間恐怖の状態にさらされるとここまで豹変するものなのか。


「…試す必要があるな」


俺は藍沢に気づかれないように小さくつぶやいた。


俺はまだこいつを信用できていない。


だから、本当にこいつを仲間に加えていいか判断するためにもう一度『篩にかける』必要があるだろう。








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