第36話


高校を出て拠点としている自宅へと帰る途中、俺は何度かモンスターに襲われた。


正確には、俺がおぶっている藍沢を狙ってモンスターが迫ってきた。


藍沢は俺がモンスターに襲われない体質であることをいまだに気づいていない。


俺はまだ藍沢を完全に信用しているわけではないため、わざわざこちらからそのことを教えようとは思わなかった。


「に、西村っ…来てるっ…あっちからたくさん…!」


「大丈夫だ。捕まってろ」


藍沢を背負ったままだと戦いにくい。


俺は迫ってくるモンスターの相手をせず、藍沢を背負ったまま逃げて戦闘を回避した。


逃げる上で人一人分の体重は、なんら障害になり得なかった。


これもレベルアップによる身体能力向上のおかげだ。


「着いたぞ」


「え…ここ…?」


やがて俺は自宅に到着。


撒いてきたモンスターの姿は周囲には見当たらない。


俺は藍沢を下ろし、玄関から中へと入る。


「来ないのか?」


躊躇うように入ってこようとしない藍沢に声をかける。


「西村の…家…?」


「そうだ」


「…そっか。お、お邪魔します…」


恐る恐ると言った感じて藍沢が中へ足を踏み入れる。


がちゃんと、ドアが閉まると同時に、向こうから黒い何かがかなりの速度で走ってきた。


『ワン!!ワンワン…!』


「ただいま。帰ったぞ」


愛犬のクロだ。


しゃがんだ俺の胸に思いっきり飛び込んできて、俺の顔をぺろぺろと舐める。


「わっ…可愛い…西村の家の犬…?」


「そうだ。クロだ。触るか?」


「う、うん…」


頷いた藍沢が恐る恐る手を伸ばす。


『グルルルルル…』


だが、元々そこまで人懐っこくないクロは、初めて見る藍沢に牙を剥き出しにする。


「大丈夫だ、クロ。こいつに害はない」


「く、クロちゃん…?何もしないよ?よーし、よーし」


『グルルルルル…』


藍沢が姿勢を低くして宥めようとするが、なかなか心をゆるさないクロ。


藍沢に噛み付くまではいかないものの、低い唸り声をあげてかなり警戒している。


「ちょっと待ってろ、藍沢」


俺はその場で藍沢を待たせて、奥からクロ用の餌を取ってきた。


「藍沢、ほら」


「これは…?」


「こいつの餌だ」


クロは餌をくれる人間によく懐く。


藍沢に餌をあげさせれば、警戒心も解けるだろう。


「上げてみろ」


「う、うん…」


藍沢が手の上に餌を乗せてクロの口へと持っていく。


「ほら…どうぞ〜、クロちゃん…」


『ガルルルルル…』


唸り声を上げながらも、餌の匂いに釣られて近づいてきたクロは、スンスンと数度、藍沢の手のひらの餌を嗅いだ後、ぺろっと口に含んだ。


「わっ、食べた…」


藍沢が目を丸くして見つめる中、餌をすっかり平らげたクロが藍沢に近づいていく。


そしてその足に頭を擦り付けた。


まるで『撫でてもいいぞ』と言わんばかりに。


「も、もう触っても大丈夫かな?」


藍沢が俺に聞いてくる。


「大丈夫だ」


俺が頷くと、藍沢は恐る恐るクロの頭に手を伸ばした。


「わっ…ふさふさ…気持ちぃ…」


最初はゆっくりとクロの頭を撫でていた藍沢だったが、感触が気に入ったのか、次第に撫でる手を早める。


『クゥウン…』


一方でクロはというと、早くも藍沢が気に入ったのか、甘えた声を出しながら気持ち良さげに目を細めていた。

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