第22話
「ま、俺には関係ないか」
藍沢と遭遇し、どうするかしばらくの間考えていた俺だったが、よくよく考えてみれば、別に俺がこいつを助ける義理なんてこれっぽっちもないことに気づき、俺は早々にここから立ち去ることにした。
こいつは俺をいじめ、尊厳を踏み躙って不登校に追い込んだ最低なやつだ。
あのトカゲのモンスターに惨殺されようが、ここで野垂れ死をしようが、俺の知ったことではない。
「じゃあな、藍沢。俺はもう行くわ」
藍沢から聞き出すべき情報も、もう特にないだろう。
俺は踵を返して、その場から立ち去ろうとする。
「ちょ、待ってよ!!」
「あ?」
藍沢が俺の腕を掴んでくる。
「どこ行くの…?お、置いていく気…?」
不安げな瞳で俺を見てくる。
「離せよ」
「い、嫌だ…お願い、置いていかないで」
「はぁ?」
俺は藍沢の手を振り払う。
だが、藍沢は泣きそうな声を出し、もう一度俺の手を掴んできた。
半年前の藍沢からは考えられないような、弱々しい姿だった。
「一人は嫌だ…いつモンスターに襲われるかもしれない場所で一人なんて…嫌だ…お願い、西村。あんたでもいいから…ここにいて」
「あのなぁ…」
俺は呆れてため息をついた。
馬鹿かこいつは。
記憶力がないのか?
自分が俺に何をしたのか、全部忘れちまったのか?
「俺がお前を助けると思うか?自分が俺に対して何をしたのか、よく考えてみろよ」
「…っ」
「俺にお前を助ける義理なんてない。大体、半年前まであんなに見下してた俺に助けを求めるとか、プライドはないのか?」
「…っ」
ギュッと藍沢が下唇を噛んだ。
いじめられっ子の俺に助けを求めたくないというプライドとモンスターに殺されたくないという恐怖がせめぎ合っているのだろうか。
しばらく葛藤するような表情を浮かべる。
だが、やがて覚悟を決めたように俺を見てくる。
「ご、ごめん…あんたにしたこと謝るから…だから、助けて。お願い…」
最後には恐怖が勝ったようだ。
震え声で、俺に謝罪をしてくる。
そんな藍沢に対して、俺はいった。
「一言謝って許すわけないだろ。じゃーな」
「なっ!?」
目を見開く藍沢を無視して、俺は歩き出す。
「ま、待ってよこのクズ!!謝ってるじゃん…!この私が…!いじめっ子のあんたに謝ってんじゃん…!!許しなさいよ!!」
「ほらな。やっぱり」
謝った数秒後には、この上からの態度。
俺は本格的に、藍沢を助ける気が失せた。
「俺はもう行く。お前はせいぜいそこに隠れて震えながら助けを待ってればいいだろ」
「最低!!このクズ男!!死ねっ!!死んじまえっ!!」
「おっと。そんなに大声出してもいいのか?あいつがくるかもしれないぞ?」
大声で俺を罵る藍沢にそういうと、藍沢は途端に口をつぐんだ。
思い出したように体を押さえてブルブルと震え出す。
「ははは。じゃーな」
心の底からモンスターを恐れる藍沢の滑稽な姿を笑い飛ばした俺は、今度こそ、女子トイレを後にしたのだった。
「なんか拍子抜けだなぁ…」
校門をくぐり、学校を後にした俺は、家路を歩きながらぽつりとそう呟いた。
藍沢の恐怖に震える姿を思い出し、呆れてため息を吐く。
俺はあんな矮小な人間を恐れていたのかと。
「わざわざ引きこもるほどのことでもなかったのかもしれないな」
いじめられていた半年前、俺にとってあいつらは悪魔だった。
藍沢含む、八人のいじめグループは俺にとって恐怖の対象でしかなく、どうやったらあいつらの機嫌を損ねないように過ごせるだろうかと、そんなことばかり考えていた。
だが、モンスターに恐怖し、プライドを捨てて俺に助ける藍沢を見て、俺の中で完全にあいつらに対する恐怖心が払拭された。
俺はあんな奴らを怖がって不登校になり、一時期は自殺をも考えていたのかと、過去の自分を叱咤したい気分にすらなってきた。
「もう怖がることなんてないんだ。俺は生き残るために、すべきことをしよう」
何か一歩進めたような気がした。
俺はさっさと家に帰って今後の方針を決めようと、軽い足取りで帰路を歩き出したのだった。
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