第21話


「よ、陽介がいないからって調子の乗って…」


「あ…?」


悔し紛れに藍沢がそんなことを言い出した。


「よ、陽介がいれば…あんたなんて…」


陽介ってのは、いじめの主犯格の名前だった。


斉藤陽介。


それが、俺をいじめていた八人からなるいじめっ子グループのまとめ役。


いつもニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべているやつで、俺をどん底に叩き落とした最低のクズ野郎だ。


俺をリンチして服を脱がせ、裸の画像をネットにばら撒いて生き恥をかかせる、というのもこいつのアイディアだった。


俺が現在復習したい人間ナンバーワンの男だ。


最もこんなことになってしまった手前、モンスターに殺されて既に死んでしまっているかもしれないが。


そういや、こいつは陽介の居場所を知っているのか?


「なぁ、藍沢。お前、陽介がどこにいるのか知ってるのか?」


「何であんたに教えなきゃいけないわけ?」


「あ?」


「ひっ!?」


俺が拳を振り上げると、藍沢は短い悲鳴を上げた。


慌てたように喋り出す。


「し、知らないっ…陽介の居場所なんて知らないから…っ」


「…本当か?」


「ほ、本当だから…な、殴らないで…」


藍沢は震えて怯えていた。


嘘をついている感じではない。


俺は振り上げた拳を下ろした。


まぁ、元々殴る気なんてなかったが。


しかし、いつも俺を下に見ていた藍沢が、俺を恐れオドオドしている様子はかなり滑稽だな。


正直言って、かなり気分がいい。


「ははっ…」


哀れな藍沢の様子を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「…っ」


藍沢はすぐに俺の笑いの意味を理解して、ぎゅっと唇を噛んだが、しかし、何か言い返しては来なかった。


何か言えば、俺に暴力を振るわれると思ったのだろう。


報復が怖くて、自分の意見を噛み殺し、口を閉ざす。


まるで半年前の俺みたいだな。


「おい、藍沢。次の質問だ。正直に答えなかったら……わかるよな?」


俺が再び拳を振り上げながらそういうと、藍沢はブルブルと震え出した。


今なら何を聞かれても、すぐに正直に答えるだろう。


「お前はどうしてここに隠れてる?仲間はどうした?」


藍沢はいじめっ子でクラスではカースト上位に属していたが、しかし、あまり主体性のある人間ではなかった。


きっと仲間がいたはずだ。


そう思い尋ねた俺の予想は的中した。


「み、みんなと一緒に逃げてきたんだけど…も、モンスターが入ってきて…ち、散り散りになって…」


「…みんな?」


「ほ、ほら、いつもの…」


「あぁ」


みんな、というのは要するに俺をいじめていた残りの七人のことだろう。


察するにこいつは、いつもつるんでいるいじめっ子グループで学校に立てこもっていた。


だが、モンスターが侵入してきて逃げる際に取り残されてしまった。


そういうことだろう。


「あ、あんた…無事だったの…?あいつには合わなかった…?」


「あいつ…?」


俺がそんなことを考えていると、藍沢が震え声で聞いてきた。


「と、トカゲみたいなやつ…」


「あぁ…」


おそらく、先程のトカゲ人間のことを言っているのだろう。


やはりここに避難してきた人間を追い出したのは、あいつみたいだな。


「あ、あいつややばい…ほ、他のモンスターと違って…は、早くて…い、一瞬で何人も………うっ」


目の前で人が殺される瞬間でも見たのだろうか。


藍沢は吐き気を抑えるように、口に手を当てた。


「あ、あんたは…うぅ…だ、大丈夫だった…わけ…?」


「何が?」


「そいつに会ったんでしょ…?どうやって逃げたの?」


「…」


襲われなかった。


そう言おうと思ったが、やめた。


どうせ信じないだろうし、仮に信じられてもそれはそれで困る。


モンスターに襲われないというこの特性は俺の切り札だ。


隠しておいた方がいいだろう。


「遠目に見ただけだ。遭遇したわけじゃない」


「…そ、そうなんだ…」


「ふむ…」


思わぬ生存者を発見してしまった俺は、今後のとるべき行動を思い悩むのだった。



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