第20話


「何だ…?」


今、確かに聞こえた。


トイレから。


物音が。


「…確認してみるか」


誰か人が隠れているのかもしれない。


俺はちょっと迷った後、女子トイレに足を踏み入れた。


「誰かいますか〜?」


中に入り、そう呼びかける。


声は反響して消えていったが、返事は聞こえてこなかった。


「気のせいか…」


俺が引き返そうとした、その時。


ガタン!!


「…っ!!」


再度物音がなった。


今度ははっきりと聞こえた。


1番奥にある、掃除用具入れからだった。


「だ、誰かいますか…?」


俺は掃除用具いれの前に立って、呼びかける。


返事がないということはモンスターだろうか。


俺はドクドクと鼓動が高鳴るのを感じながら、扉を開いた。


「ひゃっ!?」


「えっ!?」


中にいた人物と、俺は同時に声を上げた。


「「…っ!?」」


互いに互いを見つめて、大きく目を見開き、

次の瞬間には、俺は嫌悪の表情、そしてその人物は嘲るような表情を浮かべた。


「何だ、西村じゃん」


「あ、藍沢…」


隠れていたのは、俺をいじめていたいじめっ子グループの一人、藍沢愛莉だった。


日に焼けた肌。


明らかに丈の短いスカート。


校則に違反して茶色に染められた髪。


まさに典型的なギャルの見た目の藍沢は、俺を見て目を細め、はっと息を吐いた。


「びっくりさせないでよ、西村の分際で」


俺が引き籠る前と同様、相変わらず高圧的な態度で接してくる。


「…お前なぁ」


以前の俺だったら、藍沢に高圧的な態度を取られたら、目を伏せて機嫌を損ねないよう口を閉ざしていただろう。


だが、今は違う。


俺がもう、こいつらに引け目を感じる理由はどこにもない。


「なんでこんなとこに隠れてんだよ」


「…っ!?な、なによその物言い…!西村のくせに生意気…!」


藍沢が俺の態度に憤慨する。


いまだに、自分が俺よりも上の存在だと思っているようだった。


「生意気だったらなんだ?俺がお前にどういう態度を取ろうが俺の勝手だろ?」


「なっ!?」


俺は毅然として言い返す。


藍沢は一瞬驚いたように目を見開いた後、徐に右手をあげた。


それから、拳を俺に向かって振り下ろそうとする。


パシッ!!


「なっ!?」


ひどく緩慢に見えた拳を、俺は容易に右手で受け止めた。


「う、嘘…」


藍沢が目を見開く。


俺が藍沢の暴力に真正面から刃向かったことに心底驚いているようだった。


「遅いな…こんな拳を、以前の俺は食らっていたのか…?」


俺は藍沢の拳がひどく遅く見えたことに違和感を感じていた。


元々女子である藍沢の拳は、他の男のいじめっ子に比べて決して強いものではなかったが、しかし、ここまで鈍くもなかったはずだ。


もしかしてこれがレベルアップによる恩恵というやつだろうか。


俺の動体視力が、または筋力、あるいはその両方が強化されたのかもしれないな。


「だめだろ、いきなり他人に暴力を振るっちゃ」


俺は藍沢の拳を握る手にグッと力を込める。

ミシミシ、と嫌な音がなった。


「痛い痛い痛い!?」


藍沢が悲鳴を悲鳴をあげて体を浮かせる。


俺がパッと手を離して解放してやると、地面に蹲って自分の手を庇った。


「い、痛い…さ、最低…」


「は…?」


「じょ、女子にこんなことするとか…」


「はぁああ…?」


俺は藍沢が何を言っているのかまるで理解できなかった。


こいつ、俺にあんなことしておいて女扱いしてもらえると思っているのか?


「はぁ…救いようのないクズだな」


「…っ」


俺を見上げる藍沢の顔に悔しさが滲む。


言い返してやりたいが、力の差は歴然のためグッと言いたいことを堪えた表情だった。



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