第4話
深夜、僕は不審な音で目を覚ました。連続して小さく空気の漏れる音。
それが隣で眠る明美の呼吸音だと気付いたのはすぐだった。
「……明美っ!」
灯りをつけると、明美の顔は真っ赤でひどく汗をかいている。表情は苦しそうで呼吸も浅い。どう見てもまずい状況だ。
僕は慌てて四季病患者用マニュアルを取り出した。そして最下部に書かれている番号に電話をかける。それは病院への緊急連絡用の番号で、患者に何かあったとき即座に対応するためのものだ。本来はこういう使い方ではないかもしれないが構っていられない。
すぐに電話が繋がり状況を説明すると、間もなく救急車が到着した。
「あなたは乗らないでください」
車内へ運ばれていく明美についていこうとすると、救急隊員のひとりが制止した。
「今のあなたは熱すぎる」
僕は何も言い返すことが出来ず、赤いランプとけたたましいサイレンが遠ざかっていくのをただ見送った。
――明美は、熱中症だった。
その日は熱帯夜だったようだ。ようだ、というのも今の僕の身体は暑さや寒さを感じられない。気温との温度差がないからだ。
だから気付かなかった。自分の身体が熱くなっていることに。
エアコンはつけていた。しかし彼女の配慮だろう、僕が寒いと感じない温度設定だった。僕が快適な温度であれば、彼女にとっては物足りないはずだ。
そんな環境で、僕の隣で眠り続けていたから。
「……明美、」
病院のベッドに横たわる弱々しい彼女の顔をまともに見られなかった。腕からは点滴のチューブが延びている。言葉の続きが見つからない。
「勇人のせいじゃないよ」
彼女はそう言うが、僕は自分を責めずにはいられない。当然だ。もしかしたら、僕が彼女を殺していたかもしれないのに。
ごめん、なんて言葉じゃ済まされない。
「別れよう、明美」
これが最善策に思えた。今回は運が良かっただけで、今度は彼女の命を奪うかもしれない。やっぱり一緒に住むことなんて出来なかったんだ。
「あらら。フラれちゃった」
息を吐きながら、彼女は言って。
「――でも、やだ」
はっきりとした声で否定した。点滴が一滴、落ちる。
「私さ、結構いい彼女やってきたんだよ。大好きな彼氏が大病患って残り少ないから、っていろんなこと我慢して尽くしてきたの。エアコンだってそう。でもその我慢のせいで私が死にかけてるんだよね」
彼女は横たえていた身体を起こした。
そんなの本末転倒だからさ、と薄く笑う。
「もう我慢はやめようと思うの。エアコンの温度も下げるし、コーヒーも冷ましてあげない。これからは私、ワガママな彼女になる」
彼女は潤んだ瞳で僕を見る。
「だから別れてあげないよ。私と一生付き合って」
気が付けば、僕は泣いていた。
涙の温度は感じなくても、頬を伝う雫の感触は確かにあった。
「……これからはダウンジャケット着て寝るよ」
「うん。帰ったらぬるいコーヒーも淹れてよね」
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