第2話

「そっか。やっぱりそうなんだね」

 明美は思っていたよりも静かに僕の病気の話に頷いた。てっきりもっと感情を露にして取り乱すかと思った。先日報告した母親のように泣きじゃくられても困るけど。

「明美、大丈夫?」

「うん。勇人くんのお父さんが四季病だったっていう話を聞いたときから覚悟はしてたから。てか『大丈夫?』は勇人くんのほうでしょ。今、何度なの?」

 心配そうな顔の彼女が何を訊いたのか、僕にはわかった。

 ――四季病。

 春に発症し、冬に終わる病。

 ネット上では死来病とも揶揄される、致死率100%の奇病。原因不明、治療法は無い。始まりはわからないが、現在の感染経路は遺伝のみだという。

 その大きな症状は体温変化だ。人間を始めとした哺乳類や鳥類は恒温動物と呼ばれ、常に体温が一定に保たれるように身体のシステムが形成されている。

 しかし、四季病はそのシステムを破壊する。

 そして感染者の体温をコントロールするのだ。その理由も仕組みもまだ解明はされていないが、過去の感染者の傾向から、その体温変化の度合いと周期は日本の四季の温度変化と類似していることがわかっていた。

 大まかに言えば、体温が外気温と同じになる。つまり今日の最高気温は22度なので。

「今は朝の九時だし、たぶん僕の体温は15度くらいだと思う」

「それ大丈夫なの」

「うん、全然平気」

 言ってしまえば、四季病の症状はそれだけだった。

 身体のシステムから変えられているため、体温が変動することで身体機能に異常をきたすことはない。15度になっても僕自身は寒気すら感じない。

「冬までは大丈夫だよ。知ってるかもしれないけど、四季病を患うと他の病気に罹ることはないから」

「うん、知ってる。この一年は元気なんだよね」 

 ただ体温がいくら下がっても平気な身体になったとはいえ、水分だけはどうしようもなかった。

 人間の六割は水分で出来ている。体温が氷点下となって体内の水分が凍れば、心臓の筋肉も止まる。四季病患者の最期は決まって冬の夜更けだ。

「だから同棲しようって話は無しにしてくれないかな」

 明美とは就職を機にこの春から同棲を始める予定だった。しかしこうなってしまった以上、それも中止せざるを得ない。四季病患者の生活は一般人のそれとは全く変わってくる。

「勇人はそうしたいの?」

「だって明美に絶対迷惑かけちゃうしね」

「迷惑じゃないよ。私のことは気にしなくていいからさ。お願いだから」

 彼女は語気を強めて「お願いだから、勇人の好きに生きてよ」と言った。微かに悲しみの響きも滲ませて。

「……知ってるかもしれないけど」

 彼女の目を見て、僕は自分の人生を選択する。

「四季病患者のいる生活は大変だよ?」

「うん、知ってる」

 彼女はそう言って、今度は満面の笑みを見せた。

「あ。でもお母さんは息子と一緒にいたいかな、やっぱり。私が独り占めしちゃダメかも」

「あー、多分大丈夫」

「ほんとに?」

「うん、明美と同じこと言ってたし」

 不思議そうに首を傾げる彼女を見て、僕は苦笑した。

「あんたの好きに生きろ、ってさ」

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