第38話 ツケを払わせました 2

 ――side佳那


「おはよ、聖奈」

「お、おはよう、佳那ちゃん……。あの、えっと、ごめんなさい!」



 朝、学校の昇降口で私は3日ぶりに親友と再会する。

 声をかけられた聖奈は申し訳なさそうな様子で私を見ると、深く頭を下げた。


「どうしたの? 突然謝ったりなんかして」

「だ、だって、私が呼び出したりなんかしたから、あんなことに……」

「そんなの気にしなくていいよ。あれは不慮な事故で傷痕も残るようなものじゃなかったから」


 3日前、私は聖奈に呼ばれてあの教室へと向かい、そして事故に巻き込まれた・・・・・・・・・……らしい。

 らしい、と表現したのはその時のことを全く覚えていないからだ。

 気がついたら私は病院のベッドの上に寝かされていて、お医者さんに「背中を軽く打っただけで大したことはないが念のために3日ほど入院してもらう」と告げられた。

 それからお父さんや兄さんが来て、次の日の夕方にはクラスの友達がお見舞いにきてくれたが正直まだ事故に巻き込まれたのだという実感はない。


「それより聖奈も無事に退院できてよかったよ」

「う、うん。私は本当にどこも怪我がしてなかったから……」

「また申し訳なさそうな顔する。ほら早くいこ!」

「……うん」


 私は聖奈の手を引っ張り2年生の教室が置かれている校舎の2階へ向かう。


「あ、そういえばあの教室しばらく入れないんだってね。お昼どこで食べようか」

「それなんですけど……視聴覚室の隣の教室がよく空いてるんです。良かったらそっちで食べませんか?」

「いいね。じゃあそうしよう!」


 友達とワイワイ騒ぎながらご飯を食べるのもいいが、私は聖奈と一緒に静かに過ごす方が好きだ。


「そ、それと……お弁当のおかず交換もしてくれませんか? お母さんがお弁当を持たせてくれたので」


 聖奈の昼食は基本的にいつもコンビニで500円で買えるようなパンばかりで、お弁当を持ってきたことは一度もなかった。

 今までの会話から親子関係があまり良くないというのは察していたが、それが改善されたのだろうか。


「うん、いいよ。それじゃ4限目が終わったら――」

「あっ……」


 そんな風に談笑していると、聖奈が小さく声を上げる。

 見ると、聖奈の視線の先には彼女の漫画を破り捨てたあの3人組の姿があった。

 彼女たちは聖奈の姿を見ると、何かこそこそと喋りだす。


 また聖奈に何かしようと企んでいるのか。


 そう考えた私は聖奈を庇うようにして前に立つと、彼女たちに対峙する。

 ……しかし。


「ひっ、天城!」

「あ、アタシらは何もしようとしてねえよ! ほ、本当だぞ!」

「今までのことは謝るから! だ、だから許してくれよ!」


 3人組は怯えた表情を浮かべると私たちから逃げ去る。


「……なんだったんでしょう?」

「さあ? ま、あれなら当分は悪さしてこないだろうしちょっとは安心して通えるようになるんじゃない?」

「そう、ですね。うん、そう考えることにします」


 そう話して私はそれぞれの教室へと向かう。

 いつもの、聖奈との日常が戻ってきた。

 そのことを噛み締めながら……。




◇◇◇




 ――side伊織修


「よお、そんなにこの世の終わりみたいな顔をしてどうした?」


 教室に入ると俺の前の席でそいつ――朝間廉太郎は椅子に項垂れながらスマホを呆然と眺めていた。


「葵ちゃんが別れようって言ってきたんだ……」

「あー、そいつは残念だったな」

入院・・してから連絡が少なくなって薄々は察してたんだ。だけどこうして直接言われるとさあ」


 そんな廉太郎を尻目に辺りを見回してみると同様にスマホの画面に表示されたチャットアプリを前に相当数の男子生徒が落ち込んでいる。

 彼らに共通する要素は2つ、1つは最初の中間テストの直前にとあるグループチャットつながりで恋人ができたということ。

 そしてもう1つは少し前にそのグループチャットでできた恋人と乗ったバスが転落し、一時意識不明の状態に陥り休学扱いということになっていた。


 幸いにも全員事故の後遺症もなく五体満足で退院することができた、のだが……。


「まあその、なんだ。元気出せよ」

「おう……」


 そんな風に廉太郎を励ましていると、俺のスマホにメッセージが届く。

 差出人は久遠からで、その内容は「放課後にあの部室で詳しく説明してほしい」というもの。

 それを読んでから久遠の方を見ると、一瞬むすっとした表情で俺を見てから友達との会話に戻っていった。


 そういえばあの時・・・は殆ど説明せずに勢いでゴリ押したんだったな。


 俺は「わかった」と簡潔なメッセージを打ち込むと、ついでにアリシアにも「一緒にきてほしい」とメッセージを送った。

 他のグループの女子と雑談していたアリシアはスマホを確認すると、苦笑いを浮かべながら俺に頷く。


「皆さん、席についてください。ホームルームを始めますよ」


 ちょうどそのタイミングで輿水先生が教室に入ってくる。

 俺はスマホをポケットの中に押し込むと、一連の事件を久遠にどう説明するかについて考え始めるのだった。

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