第39話 ツケを払わせました 3

「……と、まあ今回の事件の大まかな流れはそんな感じです」


 放課後。

 部室棟も兼ねた第2校舎、その端にある『文芸部』の一角にある畳の上で俺は正座をしながら久遠に今回の事件について説明した。


「大体のことはわかりました。『九尾の尾』についてはこちらで詳しく調査した後に封印しますのでご安心を」


 俺の説明を聞いて久遠は湯飲みに入った緑茶を啜ると、やや冷たい口調でそう返す。


「あのー、久遠さん? もしかしてお怒りでらっしゃる?」

「怒ってはいません。ただ何の相談もなくいきなり敵陣に突撃して、それを事後報告で伝えられたことが気にかかっているだけです」


 あ、これはガチでお怒りになってますわ。


「いや、その……本当にすみませんでした」

「……夜中に突然電話で『永本を倒したけどあいつは黒幕じゃなかった』と言われた時は本当にびっくりしたんですからね」

「はい、本当に反省しております……」


 俺はひたすら平身低頭の姿勢で謝罪に徹する。

 真夜中に突然ヤクザのアジトに突撃して、その上「一連の事件の黒幕は別にいる」という説明だけで協力させたわけだ。

 いくら穏和な久遠でもそんなことをされたら怒りを感じるのは無理はない。

 だからここは素直に自分の非を受け入れることにする。


「これから危ないことをする時はせめて誰かに一言連絡してください。伊織君が誰よりも強いのは分かっていますが、それとこれとは話が別です」

「はい! これからは前もって連絡するように心がけます!」

「……わかりました。その言葉を信じますよ」


 久遠がいつもの穏やかな笑みを浮かべるのを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。


「それで事件については概ね把握しましたが、事後対応はどうしたんです」

「ああ、それは――」

「単純な話よ。彼とうちの組織が徹夜作業で関係者の記憶と記録を塗り替えたの」


 質問に答えようとする前に、部室の扉が開かれてアリシアが入ってくる。


「……アリシアさんも呼んでいたんですか?」

「今回の事件をわたし抜きで説明することなんて不可能。それはあなたもわかっているはずでしょ、京里」

「む……」


 久遠とアリシアの間にバチバチした雰囲気を感じた俺は、流れを変えるために口を開く。


「ま、まあアリシアの言った通りだ。彼女の組織に協力してもらって記憶と記録を全く別のものに塗り替えたんだ」


 廉太郎たちが休学になっていた理由、それはあのガラス瓶によって廃人化していたからだ。

 アリシアは廉太郎たちの身に起きた異変に違和感を覚え、同様に廃人化していた少年少女を彼女が所属する組織が運営しているフロント病院に集めていた。

 おかげで被害者の『治癒魔法』での回復や、その関係者の追跡と記憶のすり替えはかなりスムーズに進んだ。

 あとの諸々の記録改竄もアリシアたちにやってもらい、廉太郎たち被害者はバスの転落事故で一時意識不明となっていたというカバーストーリーを本気で信じるようになった。

 交際に関しても閉鎖された出会い系チャットで偶々知り合い付き合うようになった、と思い込ませて山藤会で行われたことは何一つとして思い出せないようにしている。

 交際ラッシュのあとの破局ラッシュは正直想定外だったが、まあ単純に縁がなかったのだろう。

 そしてあの中学校にいた面々も事故に巻き込まれたと思い込ませることで解決させた。

 まあ山藤会の面々や佳那と聖奈という子を虐めていた3人組や蔑ろにしていた教師や親御さんの記憶は多少小細工させてもらったが。


「という訳で今回の事件について詳しく知っているのはここにいる3人だけになる」

「それは良いんですが……」


 久遠はアリシアをジト目で見る。


「あら? 久遠のご令嬢さんはわたしが秘密を知っていることが不満なの?」

「そういうわけではありませんが……というか良いんですか? 私や伊織君に正体をバラしてしまって」

「良くはないけど想定の範囲内だから問題ないわ。特に常識外れの異常能力持ちが相手ならね」


 そう言ってアリシアは今度は俺の方を見た。

 まあここまで付き合っていたら俺が相手の秘密を知る能力を持っていることは察せられるか。

 と、そうだ。


「一応確認しておきたいんだが、あんたらの組織は俺や家族に危害を加えるつもりはないんだよな?」

「わたしの事をバラしたり犯罪なんかに手を染めなければね」

「……わかった。その言葉を信じるよ」


 そんなことを話していると廊下から下校のチャイムが聞こえてくる。


「とりあえず今日のところはこれでお開き、かな」

「ええ。それじゃ伊織くん、京里ちゃん、また明日」


 アリシアは軽く手を振ると部室を出ていく。

 それじゃあ俺も帰るか。そう思って立ち上がろうとすると……。


「……もう一度確認しますが、『九尾の尾』は本当に【百鬼夜行】を復活させようとしていたんですか?」

「え? ああ、そうだけど……」

「……わかりました。お時間を取らせてしまってすみません。鍵は私がしておくのでお先にどうぞ」

「お、おう」


 俺は久遠の憂い顔に後髪を引かれる思いになりながらも、当番のために家路を急ぐことにした。




◇◇◇



 ――side久遠本家



「クソっ、なぜだ! なぜ失敗する!?」


 その日、久遠玄治は荒れに荒れていた。


 玄治が構想していたもの、「九尾の封印を部分的に解いて尾の一部を解き放つことで百鬼夜行を復活させ、それを鎮定することで自分の地位を上げる」という計画が肝心要の尾が捕縛されたことで暗礁に乗り上げてしまったからだ。


 リスクを侵してまで尾に細工を施してあの町へ解き放ったというのに、その結果が九尾の分霊の1つが憎きあの京里の手に落ちるというものだったのだから、玄治が怒り狂うのはある意味当然のことと言えよう。


「それもこれも全て京里とあの男のせいだ……!」


 いつも京里が引っ付いているあの男さえいなければ計画は成就し、自分は百鬼夜行を鎮めた男として次期当主としての地位を確固たるものにできたはずなのに。


「お静まりください。玄治さま」

「……お前か。茨」


 そんな荒れ狂う玄治を治めるように、1人の少女が彼を後ろから優しく抱擁する。


「これで計画が全て潰えたわけではございません。玄治さまにはまだ可能性は残っております」

「ああ、ああ、そうだったな……」


 【茨】という名の少女に抱かれ、彼女が持つ香の匂いを嗅いだことで玄治は落ち着きを取り戻す。


「ご安心ください。この茨が貴方様に必ず久遠の当主を献上いたします。ですから今は少しお休みになってください」

「……ああ、そうさせてもらうよ」


 そう言って玄治は茨の膝の上で眠りにつく。

 それを見て玄治の頭を撫でながら、少女は歪んだ笑みを浮かべる。


 その姿はまるで蛇に巻き付かれた蛙のようだった。

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