第37話 ツケを払わせました 1

「ギリギリセーフってところかな」


 氷のサーフボードと瓦礫に埋もれた黒幕と、佳那や他の生徒たちの様子を確認した俺はホッと一息つく。


「お、お兄ちゃん? なんでここ、に……」

「悪いな。少しの間、眠っててくれ」


 困惑する佳那に『認識阻害魔法』で「自分が睡眠状態にある」と認識させると、俺以外の人間をこの教室からアリシアが所属しているという機関が確保した病院へと『転移』させる。


 さて、これで残ったのは俺と奴だけだ。


『ぬおおおおお!!』


 瓦礫が砕けて中から一つ目のマリオネットのような怪物が息も絶え絶えに現れると、大きく咆哮を上げた。

 奴の体は所々崩れており、その隙間から狐のような金色の毛が見える。


『貴様ァ! 我が計画を潰した上に、よくもよくも我の高貴な神体を汚してくれたな!』


 そう吠え猛る怪物の戯れ言をスルーしながら俺は改めて奴を『鑑定』した。


――――


白面金毛九尾狐の尾 500歳 妖狐

状態:狂暴化 変化崩壊 一部霊体消失

補足:計画を妨害し、攻撃を行った伊織修に対して激しい殺意と憎悪を抱いている。



――――


 ……間違いない。奴がこの一連の事件の黒幕、『白面金毛九尾狐の尾』だ。


 あの日、永本との戦いの最中に見えた光の糸を『鑑定』した俺は、この事件の裏に潜んでいる者の正体を知った。

 あの糸の正体は『傀儡化の術』と呼ばれる妖術で、特定の相手の身体をある程度自由に操ることができるものらしい。

 そしてあの九尾狐の尾は『百鬼夜行』とやらの復活のためにこの町で暗躍していた。

 牛鬼の肉塊を手に入れた奴は、手始めに老い先短い永本には「若さ」を、そしてあの聖奈とかいう女の子には自分を虐めた者たちへの「復讐」を餌にして操り、この街に大量の眷属を生み出し、悲願の成就まであと一歩のところまで迫っていたのだ。


 『鑑定』とアリシアが集めた情報によりそれを知った俺は、久遠にも協力してもらってこの街に住む妖気を感じられる人間ほぼ全員を『追跡・探知魔法』と『鑑定』を使って調べあげ、奴の居所を探り出した。

 おかげでMPを半分も消費してしまったわけだが、そんなことはどうだっていい。


「ただのガキにボコられる奴のどこが『高貴な神体』なんだか。俺にはさっぱりわからんね」

『貴様貴様貴様ァ! その不敬な態度、万死に値する! 容赦はせぬ! 己が犯した罪に後悔しながら死ねェ!』


 そう叫ぶと奴の体はボコボコと泡立ち、人の姿から獣の姿へと変化していく。

 巨大な犬歯を生やし、毛先が硬質化した尾を持った煤けた金毛の狐のような見た目をした単眼の怪物。

 あれが奴の真の姿ということなのだろう。


 まあ、姿が変わったところで俺のやることは何も変わらない。


『くひひ、まずはその生意気な口を裂いて……くき?』


 そこまで言いかけて九尾狐の尾は目を大きく見開く。

 次いで九尾狐の尾は体勢を崩し、その場に倒れそうになる。


『ぁ、ああああああ!? 我の、我の足がああああ!!?』

「一々大声を出すなよ。足の一本を吹き飛ばされたくらいで」


 俺はそう吐き捨てると、『身体強化(中)』で奴の背中に飛び移り、首根っこを掴んで地面へ叩きつけた。


『お、おのれええええ!!!』


 九尾狐の尾は血走った目で俺を睨むと、尻尾の先端から紫色の炎を俺に向かって放つ。


(『鑑定』)


―――


対象:妖火魔法

効果:魔力や霊力を用いて妖炎を出現させる。

状態:スキルレベル10/10

補足:発動者は白面金毛九尾狐の尾。

触媒に自身の霊力と霊体の一部を使っている。


―――


 魔法か、なら簡単に対処できそうだな。


「『マジック・カウンター』」


 それに対して俺はスキル『マジック・カウンター』を発動して、その炎を後ろ足に向けてはね返す。


『き、貴様……むが!』

「『氷結魔法』」


 氷結魔法で顎を凍り漬けにすると、生成した氷の剣で右後ろ足を切断する。

 そして奴の背から飛び降りた俺は、その顔面を勢いよく蹴り飛ばした。


『ぎゃっ、があっ!』


 九尾狐の尾はまるでゴムボールのように地面を跳ねながら壁に激突する。


『ぐ……クソ、こうなったら……』

「こうなったら、なんだって?」

『!?』


 壁にできた穴を見て何かを呟く九尾狐の尾の前に『転移』すると、奴を再び教室の中央へと蹴り返した。


『ま、待て! 待ってくれ!』


 次はあの尾を切り落とそうか。そう考えていると九尾狐の尾が俺に話しかけてきた。


『わ、分かった! 我が愚かだった! 先の発言は取り消す! だから矛を収めてくれぬか!?』


 どうやらこいつは俺に命乞いしているらしい。


「で? それをすることで俺に一体どんなメリットが?」

『そ、そうだな。汝の望みを叶えてやろう。我は偉大なる九尾の尾の一つであるからな!』

「ふーん……」


 俺は氷の剣を消失させると、丸腰で九尾狐の尾へと近づく。

 それを見て九尾狐の尾はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を出迎える。


『さ、さあ、汝の望みを言うがいい!』

「……ああ、それじゃあ言わせてもらうよ」


 拳を強く握りしめると、俺はその邪悪な顔を見据えた。


「妹を傷つけたクソ野郎をぶん殴らせろ!」

『ぐ、ぐおおおおおお!?』


 俺はその腹立たしさすら感じさせる九尾狐の尾の脳天に拳を叩き込む。

 奴の顔は床にめり込み、やがて身動き一つ取らなくなる。


「ふぅ……、終わったぞ」

『了解。京里と一緒にすぐそちらへ向かうわ』


 インカム越しにアリシアにそう告げると、俺は床で失神している九尾狐の尾を見下ろす。

 本当ならぶち殺してやりたいのだが、可能なら生け捕りにしろと言われているからな。


「……それじゃあ後はあいつらに任せるか」


 氷結魔法で改めて拘束すると、俺は『空間転移魔法』で佳那たちがいる病院へと『転移』した。

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