第32話 探ってみることにしました 5

「……これはまた、見るからに怪しそうな場所だな」


 家を出て早35分。立ちはだかる障壁やら妨害をレベルとステータスでなぎ倒していった俺の前に現れたのは、一度取り外されてその後にバリケードとして斜めに立て置かれたと思われる鉄の扉だった。

 とりあえず怪しそうな部屋は全て探索したが、100%違法なものなどは見つけたがどれも事件の核心に至るようなものはまだ見つかっていない。

 他に探していない場所はここだけだ。


 扉の周りには3人の大男が口から泡を吹いて気絶している。

 格好からしてこの暴力団の人間なのだろうが、その彼らが気絶しているということは中にまた別の組織の人間がいるのかもしれない。

 となると入る際には多少用心しないといけないのだが、この扉を撤去しようとすると少なからず音を立ててしまうだろう。


「……仕方ない」


 パッと見た感じ扉の中はかなり深いようだ。

 この建物内にいた人間は粗方気絶させておいたし、ここは下に音が聞こえないよう祈りながら無理やりぶっ壊すことにしよう。


「『身体強化』」


 スキルを発動させると、俺は鉄の扉を勢いよく蹴り破った。


 狙いどおり、扉に歪みが生じて人1人がギリギリ入れそうなスペースができる。


「いくか」


 長く暗い階段を慎重に下りていくと、やがて薄い光が漏れ出る木製の扉が現れた。

 そして扉の向こう側からは銃声や大きな物が倒れされるような音が聞こえてくる。

 やはり俺とは別に誰かがこの事務所に攻め入っているようだ。

 

(どうしようかな。音が収まるまでここで待つか、それとも――)


 立ち止まってそんなことを考えていると、上の方から何か硬いものがぶつかり合う音が聞こえてきた。


 何だと思って見上げるとそこには。


「あー……」



 今さっきぶち破った鉄扉、その半分がガンガンと音を立てながら落ちてくる。

 やがて鉄の塊は木製の扉を突き破り、地下室の中へ入ってしまう。

 どうやら蹴り破った際に力を入れすぎてしまったらしく、扉そのものを破壊してしまったようだ。


「ありゃ、力加減ミスったかな?」


 そんな能天気なことを考えながら地下室へ入ると――。


「ッ!?」

「……え?」


 そこにいたのは暗殺者やスパイを思わせる黒い服を着た同級生のアリシアだった。


(……『鑑定』)


―――


名無し 人間 16歳

状態:腕に打撲と切り傷 記憶喪失

補足:異常強化された永本進との交戦で負傷。

 政府特務機関のエージェントとして『アリシア・加守・パターソン』という名で異常能力を保有する伊織修とその周辺の監視を行っている。

 生まれてから数年間の記憶を失っている。


―――


 おいおい、今度は特務機関ときたか。

 でもってアリシアもとい名無しさんはそのエージェントで、俺とその周りを監視していたと。

 色々と質問したいところだが、今は……。


「ははは……まさかここまでの力を持っていようとは。ですが儂を導いてくれるあの『声』には一歩及ばなかったようですねえ」


 瓦礫を押しのけて1人の老人が現れる。

 恐らく元はジャージだったのだろう上着はボロボロに破け、その体には瓦礫に当たってできたのだろう無数の切り傷があった。

 老人の年齢を考えればそれらは十分致命傷になるものだ。

 だが。


「はあ、はあ、『声』に教えられた通りこれを事前に持ち出しておいて正解でしたな」


 そう言って老人はズボンのポケットから紫色の液体が詰められたガラス管を取り出すと、その中身を一息で飲み干す。


 瞬間、老人の体が大きく膨れ上がる。

 それは膨張を繰り返し、やがて全長3メートルはあろう角を生やした巨人へと変貌していく。


『くあはははははは! 良い、これは良いぞ! 全身から力が漲ってくる!』


―――


永本進 77歳 人間+鬼化

状態:催眠 錯乱 洗脳 凶化 異形化

補足:遠距離洗脳・錯乱魔法によって錯乱・凶化状態にある。

また牛鬼より抽出された妖気を大量に摂取したことで異形化している。


―――


 とっさに『鑑定』を行ってみたが、分かったのはあの人間だった者にはもう説得の余地など残っていないということだけだった。

 だったら俺がやるべき事は一つだ。


『ではこの五月蝿い鼠共を叩き潰すとしましょう、か!』


 鬼となった永本はその膨れ上がった右腕を俺たちに向かって振り下ろす。


『呆気ない。実に呆気ない――?』


 永本はその一撃で勝利を確信したのだろう。その歪んだ顔に邪悪な笑みを浮かべる。


 さてと、こっちもやり返しますか。


『がひゅっ!?』


 永本の右腕を掴んだまま、俺は奴の喉仏に蹴りを入れた。


『きっ、貴様ァ……!』


 さっきまでの余裕はどこへやら、永本は怒り狂った様子で埃と土煙が舞う中、何度も何度も俺を殴り続ける。

 そうして殴り続けて大体5分ほど経った辺りだろうか、永本は肩で大きく息をしながら俺から手を離す。


『はあ……はあ……、我ながら大人げのないことをしてしまったな……。だがここまで殴れば……』

「ここまで殴れば、何だって?」

『なっ……!?』


 煙が消えて無傷な俺の姿が露になると、永本は驚愕の表情を浮かべた。


『貴様……今の攻撃が効いていなかったのか!?』

「いんや、確かに効いていたよ。ただまあ……」


 奴が1分間の攻撃で与えられたダメージは精々150程度。並みの人間なら余裕でミンチにされていただろうが、俺はその都度『治癒魔法』を発動してHPを1000ほど回復していたので最終的なダメージ量は0だった。


「それじゃ次はこっちの番だな」

『ま、待て――』


 俺は永本のその顔面を右ストレートでぶっ飛ばす。

 とっさに逃げようとしたみたいだが、回避することは出来ず、永本は鼻から洪水のように血を流して前歯も何本か失った状態で地下室の外の階段に激突する。


『こんな……こんなバカなことが……、声が儂に応えぬことなど……』


 その言葉を最後に、永本はぐったりとうなだれた。

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