第33話 探ってみることにしました 6

「んで、あんたもやる?」


 永本が完全に失神していることを確認すると、後ろに控えていた女の子――仮称アリシアにも一応聞いてみる。


「……出来れば遠慮させてもらいたいわ。それに貴方と戦え、なんて指令は受けていないから。伊織くん」


 そう言ってアリシアは拳銃を地面に置くと両手を上に上げた。

 ……伊織くん? ここに来る前に認識阻害魔法をかけておいたはずなのだが。

 そう思って新しく買った腕時計を見ると、認識阻害魔法の効果時間と同じものをセットしたカウントダウンタイマーはとっくに0になっていた。

 ああ、やっちまったな……。

 多分あの扉が落ちる音でタイマーが切れたことをしらせる音がかき消されてしまったんだろう。



「確認しておくけど敵じゃないんだよな?」

「ええ、わたしたちは貴方とその周りの人間に危害を加えるつもりはないわ。それにわたしを救ってくれた人に恩を仇で返すような真似はしないわ」

「……わかった」


 その発言を信じたわけじゃない。今はそれよりも重要なことがある。

 それにもし何かしようとしたらその時は―――。


「ところで貴方はここに何をしにきたわけ?」

「ちょっと気になることがあってさ。部屋の中、探させてもらってもいいか?」

「どうぞご自由に。わたしもわたしで探させてもらうから」


 地下室、というか手術室は物や瓦礫が散乱し、ガラス管の中の液体が辺り一面に飛び散るなど荒れに荒れてしまっている。

 俺は『鑑定』を使いながら瓦礫をどかして一つ一つ確認しながら目的の物を探していく。


「……お?」


 不意に柔らかい感触が手に伝わる。

 何だろうと思って瓦礫の中から引き上げたそれは、脈動する肉の塊だった。


(『鑑定』)


―――


対象:牛鬼の肉片

状態:悪

補足:牛鬼の飛び散った遺骸の一部。その妖気には特殊な催眠・洗脳効果がある。また妖気を吸われ続けたため現在消滅寸前の状態にある。

狂化洗脳を受けた永本の指示で山藤会が回収した。


―――


 間違いない。これが俺の探し求めていたものだ。

 ただその鑑定結果は俺にさらなる疑問を持たせた。

 俺の考えではこの牛鬼の肉が何か悪さして永本を唆したというものだったのだが、これを見た感じ奴を洗脳した相手はまた別にいるということだ。


「あら、貴方の狙いもそれだったの」


 そんな風に考えていると、アリシアがこちらにやって来る。

 どうやら彼女がここへ忍び込んだ理由はこれのようだ。

 さてどうしようか。目論見が外れたとはいえ、これは一連の事件の核心に迫るため必要なものだ。

 出来ればもう少しで手元で観察しておきたいのだが……。


「ねえ、それ半分だけ譲ってくれないかしら」


 そう考えているとアリシアから意外な提案をされる。


「……半分でいいのか?」

「ええ。軽く観察した感じ、どこを切り取っても得られる情報は同じなようだから」

「わかった。その提案に乗るよ」


 俺は『風魔法』を発動して肉の塊を半分に切ると、一方をアリシアに渡す。

 ――その時。


『………ソレヲ、奪ウナアアアアアッ!』

「っ! こいつまだ動けるの!?」


 永本は血走った目で起き上がると、俺たちに向かって突進してくる。

 アリシアは拳銃を拾い上げて引き金に手をかけるが、あれでは恐らく間に合わないだろう。


「――!」


 俺は『身体強化』のスキルを発動させると、永本の拳を受け止める。


『カエセ……カエセェェェェ!』


 火事場の馬鹿力というやつだろうか、永本の力はさっきとはまるで別物だった。

 だったら俺も出し惜しみは無しだ。


「う、おおおおおおお!」


 『身体強化』にさらに『身体強化(中)』を重ね掛けして永本を階段へと押し返す。


(――今だ!)


 俺は地面に向けて『風魔法』を最大出力で発動させると、建物の天井ごと天高く飛び上がった。


『グアオオオオ?!!』

「……いい加減、大人しくしろぉ!」


 そして構えていた右腕を勢いよく胸ぐらに叩き込むと、永本は白目をむいて口から泡を吐きながら地面へと落下する。


(……ん?)


 その時、本当に一瞬だが天から吊り下げるかのように奴の背中へ1本の光の糸のようなものが伸びていることに気づく。

 とっさにそれを『鑑定』してみたところ、その結果は――。


「……また厄介なことになりそうだな、っと」


 そうこうしている間に俺も地面へと落下を始める。

 何とか風魔法で落下速度をコントロールをしながら着地すると、アリシアがこちらに走ってきた。


「はぁ、はぁ、ビックリさせないでよ」

「悪い悪い。ところであの肉、全部あんたにあげるよ」

「え、いいの?」


 まさか全て譲ってもらえるとは思わなかったのだろう。アリシアは驚嘆した様子を見せるが、すぐに裏があることに気づいて顔色を変える。


「それで、その代価は?」

「代価と言えるようなもんじゃないけど――」


 俺が語った条件にアリシアは数分の間無言で悩むが、やがてこくりと頷いた。


「交渉成立、だな」

「……ええ」


 そして俺たちは互いに握手を交わしたのだった。

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