第31話 探ってみることにしました 4
――sideアリシア
「……クリア」
山藤組の本部が置かれている邸宅、その内部に忍び込んだわたしは大きく息をはいた。
様々な組織に工作のために潜入してきたが、どれだけ場数を踏んでもこの感覚は慣れることができない。
どんなエージェントも運が悪ければあっさり死ぬ。
それを考えるとわたしは本当に運が良かったのだろう。
(さてと、始めるか)
わたしは特殊なサプレッサーが取り付けられた拳銃をホルスターから引き抜くと、地下室に向けて移動を始めた。
地下室への階段がある場所は既に把握している。もちろんそこまでの経路も、そこへ至るまでの警備の数も。
(……3人、報告通りね)
廊下の突き当たり、鉄で作られた堅牢な扉を拳銃を持った男が2人、短刀を構えた男が1人の計3人体制で守っている。
わたしは一息で彼らの懐に潜り込むと、回し蹴りで拳銃を持った男1人と短刀を持った男から意識を刈り取った。
「てめえ……がっ!?」
残った男がとっさに銃口を向けて引き金に手をかけるが、その前にわたしの靴が男の顔面に突き刺さる。
……ふぅ、弾を無駄遣いせずに済んで良かったわ。
わたしは男たちが全員気絶していることを確認すると、鉄の扉の横に備え付けられたパスワードの入力装置の前に立つ。
事前情報からこの扉のパスワードが一定期間でリセットされるものではなく、常に同じものだということは分かっている。
あとはボタンについた痕跡を辿れば――。
(よし、突破成功)
わたしは鉄の扉をゆっくりと開けると、内側から中に簡単に入ってこられないよう工作をして暗い階段を下っていく。
ここに来るまでに目を暗闇に慣らしておいたのでスムーズに移動できる。
そうして5分も経たずにわたしは目的の地下室へと到着する……のだが。
「……何なの、この部屋」
そこにあったのは薄暗い蛍光灯で照らされた手術室のような部屋だった。
部屋の壁には様々な器具が吊るされており、棚には様々な色の液体が詰められた瓶が置かれているが、それ以上に目を引くのが手術台に置かれた子供くらいの大きさがある肉塊だ。
まるで巨大な何かから切り出されたかのようなそれは、なおも脈動しその表面から微小な量の煙を放出している。
これが山藤会を、いや永本を狂わせた元凶なのだろうか。
『こちらB班“ヴェイター”。“スカウター”、応答を願います』
そんなことを考えているとインカムから声が聞こえてくる。
スカウターはこの作戦でのわたしのコールサインだ。
「こちら“スカウター”。どう? そっちの状況は」
『鼠の捕縛は成功しました。負傷者はゼロ、これより家へと連行します』
「了解。それとこっちに何人か応援で回してもらえる? 獲物が想定よりかなり大きかったから1人で持ち運べそうにないの」
『わかりました。すぐに予備の人員をそちらに送ります』
「ええ、待ってるわ」
そう言ってわたしは通信を切る。
さて、あとは最重要人物の永本も捕まえられたら文句なしなのだけど。
「おやおや、これはまた可愛らしいお嬢さんが入り込んだものだ」
突然、後ろから声をかけられる。
わたしはとっさに距離を取ると、声の主へ銃口を向けた。
そこに立っていたの緑色のジャージを着た至ってどこにでもいそうな老人だ。
しかしその目には明らかな狂気と殺意を宿している。
事前に仕入れた情報とも合致している。
間違いない、こいつが永本だ。
「噂に聞く公安のエージェント様か。都市伝説の類と思っていたが、まさか実際にお目にかけることになるとはの」
「……どうやってあの封鎖を突破したのか、後学のために聞かせてもらってもいいかしら?」
「いやなに、特別なことは何もしておらんよ。ただ……」
永本は近くにあった棚を掴むと、それを意図も容易く持ち上げて、わたしに投げつけてくる。
「儂は声に従って動いているだけなのだよ」
「……声?」
「ああそうとも。何時からかは分からないがどこからか声が聞こえるようになったのさ。その声に従えば、こんな老いぼれ爺の儂にもあんなことが出来るようになるんだ」
そう言って永本は再び別の棚を投げつけてきた。
それを躱して銃弾を何発か浴びせようとするが、まるで棒切れのように予備の手術台を振り回して弾き返してしまう。
あいつが何を言っているのかは分からないけど、この状況が続くのはまずい。
あれはもう人の枠を超えている。今のわたしの装備であの化け物を止めるのは間違いなく無理だ。
今になってあの言葉を思い浮かべてしまう。
“どんなエージェントでも運が悪ければあっさり死ぬ”
「悪いね、お嬢さん。君に恨みはないがこれも儂らが生きていくためなんだ。だから全て諦めて死ん――でゅああああ!?」
突如、奇声を上げて永本の体が吹き飛ぶ。
彼の老いた体は部屋の中に散乱していた物を巻き込みながら壁に激突した。
「ありゃ、力加減ミスったかな?」
それと同時にどこからか能天気な声が聞こえてくる。
とっさに声が聞こえてきた方向を見ると、そこにはスポーツウェアを着たわたしと同年代の少年の姿があった。
(……伊織、修)
そう、そこにいたのはわたしの監視対象である伊織修その人だったのだ。
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