第30話 探ってみることにしました 3

「な、なるほど……」


 調べあげたことを説明し終えると、久遠は困惑と感嘆が入り混じった声色でそう返した。


「それでその永本って奴は退魔士とかそういう異能の世界では有名な奴なのか?」

「……いえ、聞いたことがありません。そもそも魔法を操れる者自体この国には殆どいませんから」


 ほお。とするとこの永本は独学でこの魔法とシステムを組み上げたということか。

 と、思ったのだが。


「それにその永本進という男は暴力団に所属しているんですよね? 魔術師にしろ退魔士にしろこちらの世界にいる者はプライドが強い方が多いので、そういった人間に自分の術を教えることはあり得ないと思います」

「自力で習得したって可能性は?」

「それこそあり得ません。魔法や退魔術といった異能はそれを教えてくれる人間なしに身につけられるものではありませんから」


 久遠がそう断言する理由、それは以下の通りだ。

 まず魔法や退魔術を使うために必要となる魔力や霊力を自力で知覚するのは非常に困難なことだという。

 例えるなら自分の体内の赤血球がどのように流れているかを完璧に把握するようなことらしい。

 さらに魔法や退魔術には触媒となるものが必要らしく、それの作成方法は他の魔術師や退魔士によって秘匿されているとのこと。

 そのため通常一般人が異能を身につけるには魔術師や退魔士に弟子入りするしかないという。

 


「じゃあ普通の人間が異能を手に入れることは出来ないってことか」

「ええ、基本的には。ですが例外もあります」

「例外?」

「まずは生まれた時からそういった異能を持っていた者。私たちは『超能力者』と呼んでいますが、彼らは誰からも教えを受けることなくその力を容易に扱うことができると聞いています」


 おお、超能力って実在するんだな。やっぱテレパシーとかサイコキネシスとかそういうのを使っているのだろうか。

 と、余計なことを考えちゃったな。


「そしてもう1つは伊織君のように何らかの超常的な存在によって異能を授けられること。といってもこちらは殆ど前例がないんですけど」

「あー……」


 言われて見れば俺の力は元を辿ればあの『アシェラ』とかいうクソ迷惑な邪神に押し付けられたもの。

 同じように何らかの存在から力を与えられた者もいるかもしれないのか。


「何にせよここまで分かれば私たちが動く必要はありません。後は本家の方にこのことを伝えればこの国の対異能機関が対処してくれるでしょう。向こうは所詮クスリを売りたいだけのゴロツキですから攻め落とすのは容易でしょうし」


 何か今さらっと凄い話を聞いたような気がするが、まあこれで一先ずは解決したと考えていいのかな。


 しかし俺の心は何か引っ掛かりのようなものを感じていた。

 本当にそれでこの事件は解決するのだろうか。

 あいつらは本当にただ商品を作るためだけにあんなことをしていたのか。

 そんな疑問が止めどなく溢れてくる。


「伊織くん、どうかしましたか?」

「あ、いや、何でもない。それじゃあこれからの事は久遠に任せておくよ」

「はい、お任せください。改めて今回も色々と協力してくださり本当にありがとうございました」

「ああ。それじゃまた学校で」


 そう言って電話を切ると、俺はそのまま「山藤会」について調べ始めた。

 と言っても調べることは彼らの経歴や組織体制などの小難しいことではない。


「……全力で走って5分くらいってところか」


 山藤会本部が置かれている事務所の場所を頭に叩き込み、そこまでの距離とかかる時間を計算すると、俺はさっそく「殴り込み」のための準備に取り掛かり始めた。




◇◇◇



 ――sideアリシア


「『山藤会』に不審な動き?」


 駅前に建てられた高層マンション。その一室でわたし――『アリシア・加守』は年上の部下から報告を受けていた。


「ここ最近組長の永本進が表に現れなくなったことから組織体制に乱れが生じているようです」

「確か山藤会ってロシアンマフィアと繋がりが強い所だったわよね?」

「ええ。それと3ヶ月ほど前から例の少年を籠絡させる計画をロシアンマフィアと共に練っていたようですが、それも突然撤回したとのことです」


 怪しいどころの話ではない。明らかに異常なことが起きている。

 考えられる可能性としては――。

 

「永本の自宅に監視はつけてるのよね」

「はい。周辺に3人、内部に1人の計4人体制を交代で当たらせています」

「なら永本の健康状態は分かる?」

「報告では至って健康だと上がってきております」


 永本進は今年で喜寿を迎える。

 認知症、もしくは何らかの病気、あるいは既に亡くなっていて別の人間が組織を指導しているのではと考えたが、どうやら違ったらしい。


「ただ最近妙な動きを見せているようなんです」

「妙な動き?」

「何でも新しいビジネスを思いついたとかで、1ヶ月前から本部の地下室によく引きこもるようになったとか」

「そのビジネスって例の出会い系チャットと何か関係が?」

「はい。あのチャットについても永本が発案したものだとか。あと地下室から壺やガラス瓶などを持ち出しては、それを所有する建物などに置くよう指示しているとか」

「……ますます分からなくなってきたわね」


 恐らく事の真相を探るには直接その地下室とやらに出向かなくてはならないのだろう。

 ようやく学校に潜り込めたと思ったのに、どうしてこう次から次へと面倒事が起こるのか。


「それで局長は何と?」

「『ロシアンマフィアとの関係性などから要注意対象とするが、最終的な判断は現場責任者に一任する』とのことです」

「はぁ、要は全部わたしに任せるってことね」

「……どうなさいますか?」


 ロシアンマフィアと山藤会、この2つの組織が他に飛び火させることなく共倒れしてくれるのがベストな展開だが、わたしたちは常に最悪の事態を想定して動かなければならない。

 わたしたちの任務は伊織修に近づく虫を排除すること。

 それを踏まえた上で取るべき行動は――。


「山藤会の方はわたしが1人で何とかするわ。あなたたちはロシアンマフィアの連絡員を制圧して」

「……班長おひとりでですか?」

「ええ、ソロプレイの方が気が楽なの」

「わかりました。それで決行日は?」


 わたしはメモ帳を確認すると、すぐに最適な作戦決行日を導き出す。


「今週の日曜日、夜10時に行うわ。それまでに本部のマッピングをしておいて」

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