第10話 人助けすることになりました 3

「藤澤さん、逃げろ!」


 大声でそう叫ぶと、俺は目の前の男――梶原が藤澤さんに手を出せないようその場に組み伏せる。

 藤澤さんは一瞬躊躇するが、俺の顔を見て頷くとスマホを手に持って彼女の弟たちと共に外へと走っていく。


「お前ェ! オレから晴奈を奪うつもりかッ!?」


 それを見て梶原は血走った目で怒声を飛ばすと、ポケットからカッターナイフを取り出して切りつけてくる。


 いやしかしまじでこえーな。ドぎつい酒の臭いを漂わせた大の大人が本気で殺そうとしてくるっていうのは。

 というかあの様子じゃ俺が自分のクラスの生徒ということに気づいてなさそうだな。

 こいつにとって藤澤さんはそれほど理想的な女性だったのだろうか。


 でもまあここまで関わっておいてビビって逃げるのはカッコ悪いよな。


「死ねえ!!!」

「っと」


 梶原は俺の顔、正確には眼球を狙ってカッターナイフを突き出してくる。


(『風魔法』)


 読んで字の如く、MPを使って風を生み出すスキル『風魔法』。

 それを発動して腕の軌道をずらして攻撃を躱す。

 そして生まれた僅かな隙に梶原を突き飛ばすと、その手から落ちたカッターナイフを拾い上げて『空間転移魔法』で転移させる。


「てめえ、あれを何処へやった!?」

「さあ? どこでしょう、ね!」


 俺は勢いよく駆け出すと、再び梶原の体を壁に押さえつけた。

 後はこのままこのクソ野郎を身動きが取れないようにしてなるべく時間を稼ぐ。

 そう考えて腕に力を込めようとしたその時。


「……へ」


 梶原が怪しげな笑みを浮かべた。

 その直後、廊下からドスドスとした足音が聞こえてくる。


「チッ、おせえぞ! ヤス!」

「すいやせん、兄貴。ガキを取り逃がしました」


 部屋に入ってきた髪を金色に染めた黒ジャージの男の右手には金属バットが握られていた。


(……『鑑定』)


―――


浜田康則 26歳 人間

状態:薬物依存症

補足:親への反発から暴走族に所属し、その頃の仲間に勧められたことで薬物に手を染めるようになる。

覚醒剤取締法違反で懲役1年6ヶ月執行猶予3年の判決を受けている。


―――


 梶原がヤスと呼んだその男は親戚縁者でもなければ公立の中学校に勤める教員が関わりを持っていいような者ではなかった。

 ……まあ、あの時に『追跡・探知魔法』で『鑑定』した時からこんな連中と付き合っていそうだなとは思っていたけど。



「チッ、仕方ねえ。とりあえずこのクソガキをしめるぞ」

「わ、わかりやした!」


 そう言ってヤスは金属バットを大きく振り上げる。


 妹からの電話を受けてここまで一気に『空間転移魔法』で飛んできたから、俺のMPはもう既に1割と少ししか残っていない。

 ここで金属バットだけを『空間転移魔法』で飛ばしたところでどうにもならないだろう。


 ここまで、か。


「死にさらせやぁあああああああ!!」


 そしてヤスと呼ばれた男は俺の頭に目掛けて金属バットを振り下ろす――。


 次の瞬間、室内にカキィーンと場違いさを感じさせるような音が響いた。


「………はあ?」


 ヤスと呼ばれた男が驚いた様子で目を大きく見開く。

 というか俺自身も何が起こったのかよく分からないでいる。


 だって俺がしたことは、ただ腕で自分の頭を守ろうとしただけなのだから。


「お、おい。何バカなことやってるんだ。さっさとそいつをやれ!」

「わかってますよ!」


 梶原が震えた声で命令すると、ヤスと呼ばれた男は再び金属バットを力強く振り下ろす。

 すると何かが折れるような音が聞こえ、2人は安堵の表情を浮かべる。

 恐らく彼らは俺の腕の骨が折れたと勘違いしてしまったのだろう。

 だからその手に持つ金属バットに起きた異変にすぐ気づくことができなかった。


 銀色のバット、その打球部が俺の腕と接触した部分から直角に折れ曲がっている。

 数秒の間を空けてそのことにようやく気づくと、2人の顔からは一切の余裕が消え失せた。


「なっ………」

「そんな、バカなことが……」


 想定外の事態に恐れ戦く彼らを他所に、俺は自分の『ステータス』を確認する。


―――


伊織修 Lv35 人間

HP1390/1400

MP35/300

SP50

STR45

VIT55

DEX35

AGI65

INT55


スキル 鑑定 万能翻訳 水魔法 風魔法 空間転移魔法 氷結魔法 治癒魔法 アイテムボックス 追跡・探知魔法


―――


 減少したHPはたったの10。

 それがヤスと呼ばれた男が出せる全力で、同時に俺に与えることができるダメージの最大値だった。


「………」


 どうやら俺は無意識の内に自分の力にセーブをかけてしまっていたようだ。

 しかしそれに気づけたのなら話は早い。


 俺は呆然と金属バットだったものを眺めるヤスという男に近づくと、その額に軽く力を込めてデコピンをお見舞いした。


「はひゅっ!?」


 するとヤスはその場に崩れ落ちる。

 軽く頭を揺らしたら気絶するかなと思ってやってみたが、大成功したようだ。


「てめえ……何をしやがった……?」

「何って、ただデコピンしただけですけど?」


 さっきまでお酒で赤くなっていた梶原の顔は真っ青になっている。

 その様子はまるでホラー映画で運悪くクリーチャーに遭遇した哀れな犠牲者のようだ。


「それじゃあこっちにもやっておきますか」

「や、やめっ……」


 そして俺はヤスの時と同じ加減でデコピンをして梶原から意識を刈り取ったのだった。

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