第3話 日常に戻りました

「ふぅ」


 荷物が入った鞄を勉強机の上に置くと、俺はベッドに大の字に寝る。


「ようやく帰ってこられたんだな……」


 あの事故から約2週間、ようやく退院許可が下りた俺は愛しの我が家へと戻ることになった。

 入院期間が当初の倍以上になった理由はまあ色々とあるのだが、一番の原因は一部の悪質なマスコミや陰謀論者が病院の周りに屯していたことだろう。


 警察はあの事故を不幸なガス爆発事故として片付けたのだが、それを信じようとしない者が少なからず存在しており、彼らは事故の真相を探ろうと躍起になっていた。

 そして彼らの注目は必然的に唯一の生存者であった俺へ向けられてしまう。

 幸いにも俺や家族の顔や名前がバレることはなかったが、入院場所は特定されてしまい身動きすることができなかったのだ。

 しかしあの事故から時間が経つごとに人々の関心は薄れていき、一昨日になって警察からも安全は確保されたという保障が出たのでこうして家へと戻ってくることができた。

 

(父さんと佳那には迷惑をかけちゃったな……)


 病院で引きこもっているだけで良かった俺と違って二人には仕事や習い事がある。

 父さんは移動にかなり気を遣っていたようだし、妹も習い事を休むことになったらしい。

 二人は「気にするな」と言ってくれたが、それでも罪悪感は残る。

 この借りは近いうちに返すことにしよう。


「……さてと」


 俺はいつもと同じように『ステータス』と念じる。


―――


伊織修 Lv11 人間

HP350/350

MP120/120

SP110

STR9

VIT10

DEX11

AGI8

INT11


スキル 鑑定 万能翻訳


―――


 入院している間も俺は欠かさずスキルを使ってレベルを上げていた。

 5日目にもなると体感でMPがどこまで減っているか分かるようになったので、吐き気や眠気に襲われることも殆どなくなっている。

 しかし。


「やっぱり伸びが遅くなってるよなあ」


 俺がレベル10になったのはちょうど今から5日前。そこからレベル11に上がったのは今から3日前のことだ。

 それまでは限界ギリギリまでスキルを発動していれば翌日には1レベル上がっていたのに、ここにきてその伸びが遅くなっている。

 というか成長している実感がまるでない。


「『鑑定』」


 俺はステータスを開いた状態でスキルそのものの『鑑定』を試みる。


―――

対象:スキル『鑑定』

状態:スキルレベル10/10

説明:対象物の状態や効果を鑑定することができる。

補足:スキルレベルが最大値に達しているためexpボーナスは獲得不能


対象:スキル『万能翻訳』

状態:スキルレベル10/10

説明:あらゆる言語や単語の意味を即座に理解できるようになる。

補足:スキルレベルが最大値に達しているためexpボーナスは獲得不能


―――


 なるほど、レベルが上がらない理由はこれか。

 どうやら俺は今までスキルのレベルを上げることで得られるexpボーナスとやらで自分のレベルを上げていたようだ。

 しかしそのスキルレベルを完全に上げ切ってしまったのでそれを得られなくなってしまっているらしい。

 

 つまりこれ以上レベルを上げたければ新しくスキルを覚えなくてはいけないということだ。


 俺は表示されているステータス一覧からSPの部分を軽く触る。

 するとステータスに重なるようにスキル一覧が表示される。


―――

……

………

火炎魔法:必要SP10

氷結魔法:必要SP10

風魔法:必要SP5

水魔法:必要SP5

土魔法:必要SP5

………

……

―――


 ステータスに表示されているSPがスキルを習得するために必要なものだということはかなり前に分かっていた。

 問題は実際に習得するまでそのスキルがどんな効果なのかが分からないということだ。

 例えば『火炎魔法』なんかは文字から自由に炎を出せるようになるものだとイメージできるのだが、『置換魔法』や『闇魔法』は一体どういう効果なのかはさっぱり分からない。

 何より一番問題なのはそのスキルを発動するために必要なMP量が分からないということだ。


 ……正直に言えばこれ以上レベルを上げる必要なんてない。

 『万能翻訳』のおかげで外国語はほぼ自動的に分かるようになったし、ステータスが上がったことで日常生活で疲れることもほぼ皆無になっている。

 もう十分に恩恵は得られているのだから、スキル選びに悩まなくてもいいはずだ。

 それなのにこうしてスキル一つに悩まされているのは一体どうしてなのだろうか。


「……特別な理由なんてないのかもな」


 単純にレベルを上げたい。レベルを上げて強くなりたい。俺が固執している理由は単純にそれだけなのだろう。


 俺は『水魔法』と『風魔法』、それから『空間転移魔法』を習得すると改めてステータスを確認する。


―――


伊織修 Lv11 人間

HP350/350

MP100/120

SP0

STR9

VIT10

DEX11

AGI8

INT11


スキル 鑑定 万能翻訳 水魔法 風魔法 空間転移魔法


―――


 さて、どのスキルから確認しようか。

 一番無難そうなのは水魔法だが、鉄砲水のように水が溢れでて部屋がびしょ濡れになる危険性がある。

 風魔法にしても部屋の中が突風でぐちゃぐちゃになるような状況は避けたい。


 となると空間転移魔法一択になるわけだが……。


「『鑑定』」


―――

対象:スキル『空間転移魔法』

効果:対象物を発動者がイメージした地点に転移させられる

状態:スキルレベル1/10

補足:

―――



「壁に埋まったりしないよな……?」


 空間転移、恐らくテレポートのようなことができる魔法なのだろうが問題は使ってみないことには転移先が分からないということ、そして必要なMPがどれだけの量になるか分からないということだ。


「とりあえずこれで試してみるか」


 退院する前に病院の自販機で買ったスポーツドリンク――が入っていた空のペットボトル。

 まずはこれを部屋のゴミ箱の中に転移させられるかを試してみよう。


「『空間転移』」


 スキルを発動すると手の中にあったペットボトルが消える。

 それと同時に強い疲労感と眠気が俺を襲った。


「す、『ステータス』……」


―――


伊織修 Lv11 人間

HP250/350

MP0/120

SP0

STR9

VIT10

DEX11

AGI8

INT11


スキル 鑑定 万能翻訳 水魔法 風魔法 空間転移魔法


―――


 MPが一気に100以上持っていかれている。これはとてもじゃないが普段使いできるものじゃないな……。

 そこまで確認したところで、俺はとうとう意識を手放してしまった。




『極限環境下での高位スキルの使用を確認』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る