第2話 レベルアップしました

「お兄ちゃん!」

「うおっ」


 ステータスを閲覧するという珍事を経験してから凡そ数時間後、父さんと共にやって来た妹の佳那かなは目に涙を浮かべて俺に抱きついてきた。


「よかった。お兄ちゃんが無事で、本当に……」

「そんなに心配するなって。お医者さんもどこも悪くないって言ってたし」


 口ではそう言ったが、俺が佳那の立場だったらきっと同じように不安でいっぱいになっていただろう。

 とりあえず安心させるために愛しの妹の背を撫でていると、父さんが心配そうに俺の傍に近づいてきた。


「気分は悪くないか? 本当に大丈夫なんだな?」

「父さんまで……、本当に大丈夫だよ」

「……そうか、それならいいんだ」


 父さんは俺の顔を見て、ようやく安堵の息を漏らす。

 ワーカーホリックで普段滅多に家に帰るこない父さんがこんな顔をするとは、正直に言ってかなり意外だ。


「とにかく何か困ったことがあればすぐに言ってくれよ。あと着替えはここに置いておくからな」

「わかった。ありがとう」

「家族なんだから当然さ。それじゃ佳那、帰るよ」

「………うん。お兄ちゃん、またね」


 そう言って父さんは佳那を連れて病室を出ていく。

 さてと。


「ステータス」


伊織修 Lv1 人間

HP150/150

MP50/50

SP0

STR5

VIT3

DEX3

AGI5

INT5


スキル 鑑定 万能翻訳 


 俺が呟くと、目の前に半透明の板のようなものが現れた。

 幸か不幸か、今の俺には時間が有り余っている。ならこの時間を有効活用するとしよう。


「まずはスキルの使い方を確かめる所からだな」


 俺は近くにあった紙コップを手に取ると、『鑑定』と念じてみる。


『対象:紙コップ

 状態:良

 補足:コップ内部に飲料水が残存している』


 すると『ステータス』を使った時に現れるものに似た半透明の板が出現した。

 これで分かったことは、『鑑定』の効果はその物品の状態が判明するということ、そしてスキルの発動とステータスを発動は同じということだ。

 なら次はこのスキルの発動範囲を調べてみよう。


 俺は正面の壁にかけられた時計に意識を集中させ、再び『鑑定』と念じてみる。


『error。2メートル以上離れた対象の鑑定はレベル2以上でないと不可能です』


 半透明の板に表示された内容は中々に頭を悩ませるものだった。

 レベル2以上でないと不可能、つまり鑑定したければレベルを上げろということなのだろうが……。


「問題はどうやって上げるか何だよな」


 レベル上げと言ったらモンスターと戦って上げるというイメージだが、現代日本にスライムやゴブリンなどのモンスターは存在しない。

 そんな状況で一体どうやってレベルを上げろというのか。


「ま、それは後で考えるか」


 思考を切り替えて次のスキル、『万能翻訳』の検証を始める。


 俺はスマホを取り出して動画アプリを開くと、適当に海外の動画を開く。

 案の定、動画内で喋られている内容の意味はちっともわからない。


「『万能翻訳』」


 ステータスや『鑑定』の時と同じようにスキルを発動すると、動画から流れる声が日本語のように聞こえてきた。

 次に俺は多言語字幕つきの動画を開き、アラビア語を選択して再生する。

 すると今度はスキルを発動していないにも関わらず、表示された文字が自動的に日本語のように見えてきた。

 『万能翻訳』は一度発動するとある程度効果が持続するのか。


「と、一応これも確認しておかないとな」


 俺は動画を一時停止すると、言語をアラビア語から日本語に変える。

 そこに表示された内容は、先ほど『万能翻訳』で表示されたものとほぼ同じものだった。

 ふむ、どうやら翻訳の精度は確かなようだ。

 となると次はどこまで翻訳できるかの検証だな。

 そうして今度はドイツ語の動画を開いてスキルを発動させたその時。


「……?」


 そこで俺は不意に強い眠気と疲労感を感じる。

 特別疲れるようなことはしていないはずなのだが。


 俺は紙コップの水をぐいっと飲み干して何とか眠気を取り払うと、再び検証作業に戻ろうとする。

 しかし体に力は入らず、眠気はさらに増す一方だ。


 まさかと思って俺は『ステータス』を表示する。


伊織修 Lv1 人間

HP150/150

MP5/50

SP0

STR5

VIT3

DEX3

AGI5

INT5


スキル 鑑定 万能翻訳 


 魔力の値は検証を始める前の10分の1まで減ってしまっていた。

 ……どうやらスキルの発動には魔力が必要となるらしい。

 そして魔力を使いすぎるとこうして眠気と疲労感に襲われて何も出来なくなってしまうようだ。


 幸いにもここは病院のベッド、このまま寝てしまっても問題ないだろう。


 俺は最後の気力でスマホのメモ帳に今回判明したことを書き記すと、ベッドに横たわり瞼を閉じる。





『極限環境下でのスキル使用を確認。2つの言語の習得を確認。1点の物品を鑑定を確認。以上の結果を受けて経験値の配分を行います』








「……なんだよ、これ」


 翌朝、目を覚ました俺は昨日以上の衝撃に襲われることになった。


―――


伊織修 Lv3 人間

HP200/200

MP50/50

SP30

STR6

VIT4

DEX4

AGI6

INT5


スキル 鑑定 万能翻訳


―――


 どういうわけか、俺のレベルはたった一晩で2つも上昇していたのだ。



◇◇◇



 あれから検証を重ねて、色々なことが分かった。

 まずレベルが2つも上がったことについてだが、どうやらスキルの発動に成功することで経験値を得られるらしい。

 そう、「スキルの発動」ではなく「スキルの発動に成功する」、重要なのはここだ。

 昨日、俺は距離が離れた時計を『鑑定』しようとしたがレベル不足によって失敗している。そのためあの時計の鑑定で経験値は得られていないのだ。


 そして次に分かったことだが、どうやらスキルの発動でMPを消費し過ぎると身体面に悪影響が出るらしい。

 例えば『鑑定』を発動させるには10、『万能翻訳』を発動させるには15のMPが必要となるようだ。

 俺は昨日『鑑定』を2回、『万能翻訳』を2回発動させている。そして残りのMPがスキルを発動できない量になったその瞬間、俺は強い睡魔と疲労感に襲われた。

 幸いだったのは「一晩ぐっすりと眠ればMPは全回復する」ということだろう。


 ならその状態でスキルを発動したらどうなるのか。

 そこで俺は昨日と同じ様にスキルを使いまくって残りのMPを5まで減らし、その状態で『鑑定』のスキルを発動してみたのだが……。


「……クッソ気持ちわりい」


 激しい頭痛に目眩、そして倦怠感と吐き気。

 正直ベッドから立ち上がることすら出来ない。

 それでも何とか『ステータス』を表示して今の状態を確認してみる。


―――


伊織修 Lv3 人間

HP150/200

MP0/50

SP30

STR6

VIT4

DEX4

AGI6

INT5


スキル 鑑定 万能翻訳


―――


 どうやらMPが足りない状態でスキルを発動すると代わりにHPを持っていかれるらしい。

 ……これはMP切れには相当気をつけないといけなさそうだな。


 とりあえずこれはもう二度と試さない。

 そう固く誓いながら、俺はエチケット袋を貰うためにナースコールへと手を伸ばした。

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