第30話 パンデモニウム⑧
「ナノロボットによる監視?」
ペーターとチェザーレの口から聞かされた信じがたい事実に、透は自分の耳を疑った。
「そういうことらしい。」
ペーターが事も無げに答えた。やはり、何の興味も無い様子であった。
「ロボットと言っても、生体分子を使用したものだ。特に拒否反応も無いし、放っておけばそのうち肉体に吸収される。その点に関しては、まあまあ良心的だな。」
チェザーレがどこか楽しそうに解説する。自分の身体にナノロボットが埋め込まれ、行動を監視されているという事実より、その技術的価値にのみ関心がある様子であった。
ペーターといい、チェザーレといい、どうしてこの連中は自分の命に関してこんなに無関心でいられるんだ、と透は本気で訝しんだ。彼等の常軌を逸した態度は、彼には全く理解できないものであった。
『仕方ないよ。多分、自分自身も含めて命の価値なんて考えることもできないような人生を送って来たんでしょ。』
心の中で、闇虚が訳知り顔で呟いた。
そういえば、そんな命を命とも思わない態度に、透はどこか既視感があった。考えてみれば、自分の中にいる闇虚がまさにそうだった。彼女もまた、自分の命に関して捨て鉢のように考えているような節があった。藤堂に引導を渡した時も、ペーターと殺し合った時もそうだった。そういった点に関しては、彼女はペーター達の感性に同調できるところもあるのかもしれない。透はそう考えた。
『さあ、どうかしらね?』
煙に巻くようにそう言うと、闇虚は誤魔化すように不敵な笑みを浮かべた。
「……仮に人体に影響は無いとしても、あまりいい気はしないな。」
詮の無いこととは思いながら、透は愚痴らずにはいられなかった。
「小さいことを気にする奴だ。怪物だらけの孤島に閉じ込められている事実に比べれば、そんなのは大した問題じゃないだろ。」
ペーターがそんな透の様子を嗤った。
「まあ、それもそうか。正直そっちの方は、まだ実感が湧かないよ。というか、何だこれは。」
ペーターの突っ込みは最もであった。命の危機を云々するのであれば、自分たちが置かれている今のこの状況――自分と同じ怪人達と生き残りをかけた殺し合いをしなければならない――こそが大問題である。大問題ではあるのだが、透たちの目の前に広がる風景は、そんな彼等の張り詰めた気持ちを大いに困惑させた。
先程まで隔離されていた部屋だけでなく、そこから出た通路の内装もホテルの通路そのものであった。床には赤いカーペットが敷かれ、クリーム色の壁にランタン風の灯が燈り、等間隔にドアが立ち並んでいる。何の事前情報も無ければ、本当にホテル内と見違えてしまうほどであった。
「一体何なんだ、これ? 本当に孤島に作られた施設なのか? このドアの中に、俺達と同じような連中が入れられているのか?」
幾つもの疑問・疑念が浮かび、透達の足を鈍くした。眼前の光景そのものも不可解であったが、ドアの中から突然襲い掛かられるかもしれないという懸念も強かった。
「いや。ドアの殆どはフェイクだな。そもそも開閉できるように作られていない。」
車椅子の液晶パネルを確認しながら、チェザーレが言った。そんなことも分かるのか、と透が感心する一方、ペーターは無遠慮にドアを次々に蹴りつけていった。
「成程、確かにそうだ。ドアに偽装しているだけで、向こうはただの壁だな。」
つまらなそうにそう言うと、ペーターはさっさと歩きだした。
「まるでゲームのダンジョンみたいだな。この先、妙な仕掛けでも出てくるのかねぇ?」
チェザーレはにんまりと笑うと、が面白そうに指を鳴らした。
「ゲームって……」
「ありうる話だ。エディの奴ならやりかねん。」
チェザーレの言葉に呆れる透に対し、ペーターは得心したように頷いた。
「ゲーム気分でこの施設を作ったっていうのか? 正気なのか、あの女?」
「正気さ。正気で狂っているんだ。エディはそういう奴だ。」
ペーターはさも当然の様に言ってのけた。全く矛盾した言葉であるのに、その口調には一切淀みが無かった。真偽は置いておくとして、彼自身は、一分の疑いも無くそう思っているようであった。
「エディがそういう奴だっていうのは、お前も気付いている筈だ。実際に何度か会っているんだからな。」
「まあそれは、確かに……」
初対面時の態度と言動。T大学病院の惨劇の際に彼女が取った行動。そして、先程の常軌を逸しているとしか思えないビデオ連絡。確かに「正気で狂っている」と考えると、全て腑に落ちるような気がした。
そこまで考えて、透ははたと気付いた。
「よくよく考えると、お前とこうして普通に話しているというのもおかしな話だ。」
自嘲するように透が言った。
「何が?」
不思議そうな様子で、ペーターが聞いた。
「何って……お前と俺は、ついこの前まで殺し合っていたんだぞ。そんな相手と普通に会話なんて……」
「要するに、一緒に遊んだ中じゃないか。何もおかしくはない。」
何てことないような表情で、ペーターが返した。悪びれている様子も、虚勢を張っている様子も微塵も無い。本気でそう思っている顔であった。
殺し合いが遊び、というのは悪趣味な冗談などではなく、まごうこと無き彼の本心であったのだ。透はようやくその事実に気付き、そして改めて、ペーターという存在に戦慄した。
「どうした? 怖くなったのか?」
透の内面を見透かしたのか、ペーターが挑発するような口調で言う。
『怖いってより気持ち悪いわ。アンタのその馴れ馴れしい態度。』
透に代わって闇虚が返答した。
「ああ、スマンな。他人との距離感がおかしいとは常々言われてはいるんだ。」
わざとらしく苦笑しながらそう返すペーターを、闇虚は無表情に見返した。
『おかしいのは距離感じゃなくてアンタの生き方とか、考え方そのものだっての。』
「お互い様だろ? 闇虚。」
『名前で呼ぶな。不愉快だ。』
ペーターは、闇虚との会話を楽しんでいる様子であった。また闇虚の方も、彼に口汚い言葉を投げつけながらも、どこかまんざらでもない様子であった。透は心の中で、やはり怪人同士引き合うものがあるのか、と勝手に納得した。
「ホンっとーに下らないお喋りが好きだな、お前ら。僕らは今、殺し合いの真っ只中にいるんだぞ。少しは緊張感を持て。」
後ろから彼等の様子を眺めていたチェザーレが苛立たしげに言った。
『そういう坊やはゲーム気分でしょ? 大して変わんないって。』
チェザーレの方を振り返ることすらせず、嘲るように闇虚が言った。ペーターは返事すらせず、黙々と歩き続けていた。
子供扱いされたことに気分を害したのか、チェザーレが再び、殺意を込めた目で闇虚を睨みつけた。
『おおっと。』
わざとらしい大げさな身振りで、闇虚は後ずさった。彼女の周囲に、先程同様、金属製の欠片が音も無く舞っていた。
『ホント面白いオモチャだね、坊や。』
絶対的不利の状況にもかかわらず、闇虚は不敵な笑みを浮かべたままチェザーレの方を見た。
「オモチャかどうかはさっき見せた通りだ。お前を殺すくらいは容易い。どうせ生き残るのは4人だけだ。別にお前はいなくてもいい。」
射貫くような視線で、チェザーレは闇虚を見つめていた。透は心の中で「まずい」と思ったが、彼が声を上げるよりも早く、ペーターの声が二人を遮った。
「下らん言い争いは止めろ。何か来るぞ。」
彼の言葉の通り、通路の向こうから奇妙な物音が近づいてきていた。床を飛び跳ねるような音と、まるで鳥の鳴き声の様な奇妙な声であった。
3人とも、通路の向こうの闇を見据え、身構えた。
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