第25話 パンデモニウム③

「こんにちは、皆さん。」

 相も変わらず事務的かつ抑揚のない口調で、エディが話し始めた。

「まずはご挨拶させてください。ようこそ我々の精神医療系ベンチャー施設「アジール」へ。最も、正確にはその場所はアジールの付帯施設。我々はパンデモニウムと呼んでおります。」

 挨拶と言いながら、彼女の言葉には感情的なものが全く込められていなかった。淡々と社会的儀礼としての挨拶のみを行っている、そんな印象であった。

「挨拶よりもまず、アンタには聞きたいことが山ほどある。聞こえているなら返事をしろ!」

 透が画面に向かって声を張り上げた。ペーターとチェザーレは咎める様な目で睨みつけたが、彼はそんな非難の視線など全く意に介さなかった。気にする余裕すら、今の彼には無かったのだ。

「申し訳ございません。殆どの皆さんにとっては、自分の置かれている状況が理解できず、混乱していることかと思います。ですが、どうぞ私の話を最後まで聞いてください。それでも納得できない場合は、後で個別にこちらからお話しします。」

 恐らく透以外にも、別室に閉じ込められている者たちから非難や説明を求める声が上がったのであろう。エディは、取り敢えず形式的ではあるが、謝罪して話を続けた。

「まず、あなた方が今どこにいるのか、という点から説明いたします。立地的には、その場所は南大西洋の孤島になります。我々が島ごと買い取り、アジールの自立支援療養施設であるパンデモニウムを建設いたしました。」

 透も、別室にいた亜唯も、自分が何を聞かされているのか、最初は全く理解できなかった。だが、淡々と語るエディの表情は、嘘や冗談を言っているようには全く見えなかった。

「本施設は、精神医学的な見地を基に、通常の建造物とは全く異なる設計思想により造られております。その点については追々、皆さんご自身の目で確かめることになるでしょう。」

 そこまで言うと、エディは一呼吸置き、じっとモニターの向こうから透達を見据えた。

 透は、じっとりと冷や汗をかいていた。エディが何を考えているのかは皆目見当がつかなかったが、それが自分にとって決して喜ばしいものではないであろうことは、確信に近い予感があった。

『まるで虫籠の中の虫を観察する子供みたいな目だね、あのエディって女。』

「お前、起きてたのか。」

 突然、心の中で語りかけてきた闇虚に対し、虚をつかれた透は心の中で吃驚して聞き返した。

『大分前からね。色々と面白そうだから黙っていただけ。』

「面白そうってなあ、お前……」

 相変わらずな闇虚の様子に心の中で呆れながら、透はモニターの方に目を戻した。

「そして、ここから先が重要な点となりますので、皆さんよく聞いてください。既にお気づきの方も多いかと思いますが、その施設に集められているのは、極めて特異な精神様態を持つ方々――我々は怪人アウトサイダーと呼んでいます――そういった方々です。我々の方で症例をカテゴライズし、複数人で集められている方、一人一人で隔離されている方など、様々な状況の方がいらっしゃるかと思いますが、その施設内には、あなた方と同じような怪人が計50名ほど集められています。」

「……」

 エディの解説を聞きながら、亜唯は瞬き一つせずに、自分が置かれている状況を頭の中で整理していた。イアンやハンスの様子を見て、彼女は彼等も自分と同じ怪人の一種なのではないかと薄々感じていたが、エディの言葉によって、それが紛れも無い事実であることが裏付けられた。つまり彼女は、自分と同じ怪物、それも全く素性の知れない怪物たちと一緒に閉じ込められているという訳である。

 何はともあれ、とにかく今は、イアンとハンスがどのような怪人なのか、見極める必要がある。亜唯はそう心に決めた。無論、イアンとハンスに自分の考えを悟られぬよう、彼女は一切表情を動かさず、彼等の方を見ることもしなかった。

「何故我々が、あなた方をその施設に集めたのか。ここから先が一番重要なこととなりますので、間違いの無いようによく聞いてください。」

 そこまで言うと、エディは一呼吸置き、じっと画面の向こうから、不気味な程に真っ黒な瞳を向けた。透はその瞳に、今まで感じたことのない怖気を感じた。

「我々は、あなた方の「選別」を行います。」

「選別……?」

 透はエディの言葉の意味が分からず、思わず画面に向けて聞き返した。

「文字通りの選別です。あなた方の中から、我々にとって最もふさわしい4人を選別する。それ以外の方々には、ご退場いただくことになります。」

 画面の向こうの女が何を言っているのか、透には理解することはおろか、言葉の意味を解釈することすら出来なかった。

「力を示してください。戦ってください。自分が、他の怪人達よりも強く、彼等を従えられる存在であると、我々に示してください。そうして最後に残った4人を、我々は「仲間」として受け入れます。」

「何言ってるんだ、この人……?」

『簡単じゃん。他の怪人どもをぶっ潰して力を示せって言ってるのよ。』

 困惑する透に対し、闇虚は冷静にエディの言葉を受け止めていた。彼女はいつも通り、こういった透が困惑するような状況では心底楽しそうであった。

「力を示すやり方は問いません。相手を殺すもよし、力で捻じ伏せて屈服させるもよし、言葉で懐柔し隷属させてもOKです。貴方が、他の怪人に比べて「優れている」ということを証明できれば、それで問題ありません。必要なのは、怪人達の巣窟たるそのパンデモニウムで、ただ貴方自身の才能を発揮すること。それだけです。」

 非人道的な解説を淡々と続けるエディに対し、透は眩暈がしてきた。これは、本当に現実なのか? あまりにも理不尽で、どんな悪夢よりも悍ましかった。自分は精神科病棟の隔離室で、今も悪い夢を見ているのではないか。本気でそう考えてしまう程、透にとって今自分が置かれている現実は受け入れ難いものであった。

『また現実逃避? 私とアンタの二人が同じ夢を見てる訳ないでしょ。』

「いや、それはそうだが……」

 闇虚の突っ込みに対し、透は思わず言葉に出して答えてしまった。

「コイツ、何ブツブツ言ってるんだ?」

 チェザーレが怪訝そうに、透の方を見た。

「さっき教えた通り、コイツの中にはもう一人、タチの悪い女の魂がある。そいつと会話しているのさ。なあ、闇虚。」

 ペーターはチェザーレに解説すると、馴れ馴れしそうな様子で闇虚に語りかけた。

『驚いたよ。頭をぶっ潰したつもりだったけど、まさか生きてるなんてね。』

 人格の表面に現れた闇虚が、皮肉っぽく返事を返した。

「生憎と頭ならとうの昔に壊れているんだ。あれくらいじゃ、死にはしない。」

 冗談なのか本気なのか分からない返答を、ペーターは返した。こういう掴みどころのない所は、日本で会った時と全く変わっていないように、闇虚には思えた。

「つまらない会話は止めてくれるか? エディの話が聞けない。」

 チェザーレが苛ついた様子で、咎めるように言った。

『ホーキング博士のパチモンがお怒りだ。じゃ、私はこれで失礼しよう。』

 馬鹿にした口調で捨て台詞を残し、闇虚は心の底に消えていき、代わりに透の方が人格の前面に現れた。チェザーレは怒気のこもった視線で彼を見ていたが、鼻を鳴らすと、モニターの方に向き直った。

「皆さんがいる部屋は現在、全てロックされた状態となっておりますが、これからすべてのロックを解除します。後は、お気に召すまま。あなた方の力を、存分に示してください。なお、先程も申し上げましたが、複数名で同室に隔離されている方々もおります。各自の症例を我々の方でカテゴライズし、グループで動いた方が良いと判断した方々は、同じ部屋に入れられております。無論、これは我々が勝手に判断したことですので、どのように行動されるかは、各自の自由です。単独行動を取るもよし。相手を闇討ちするのもよし。どうぞご自由にしてください。」

 エディがそう言い終えるのと同時に、部屋のドアのロックが音を立てて解除されたのが、透達にも分かった。

「説明は以上となります。なお、本施設の各所に同様のモニターが設置されておりますので、以降また何度か、皆さんにご連絡することもあるかと思います。それでは、ご健闘をお祈ります。」

「何がご健闘だ! ふざけるな!」

 透は怒りのあまり、モニターに向けて叫び散らした。

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